August 18, 2009
よじかわ、全生庵、イリアス、乱歩
*「週末は過ごし易い陽気でしたね。風が爽やかでもう秋みたい。
日曜は南阿佐ヶ谷のフレンド商会から阿佐ヶ谷北の居酒屋「川名」まで、という大縦断を早歩きで行なったっていうのに、あんまり汗もかかず、辿り着いた瞬間のビールがそれはおいしゅうございました。
「川名」は友人に是非一緒に行こうと言われていた焼き鳥居酒屋さん。16時のオープンとともに座席がうまってしまうので、16時に集合するというのが "よじかわ" という合言葉で囁かれているそうな。正に "よじかわ" して飲んでたのですが、兎に角安くて旨い。中落ち串とか一瞬でメニューから消えるもんで一本しか頼めず、一切れずつ頂いたのですが正しく頬が落ちそうなおいしさ。店中に貼られたダジャレ(下ネタ中心)の数々にもグッときました。いい店だー。
土曜は毎年恒例、オバケ好きには定番のコースを攻めました。まずは全生庵で三遊亭圓朝コレクションの幽霊画を。数年前にも書いていたけど、幽霊画の"抜き"の表現って、より怖さを引き立てます。人が結構居たので大丈夫でしたが、一人で見てたら本当にちょっと怖いかも(毎年見てるくせに)。学校の教室にあるような業務用クーラーの音とか、歩く度に床が軋んで鳴るギシィ、ギシィ…って音とか、場所がお寺というのがやはりいいですな。ひんやりー。
それで取り敢えず喫茶「乱歩」でアイスココアでもってのがいつもの流れなのですが、店の前には往きには無かった「只今満員です。」の看板が。あまり広い店ではないし、団体さんでも来たのかな?なんて思いつつ、そのすぐ裏手の「イリアス」へ。
こちらは雑貨屋さんなのですが、毎年8月は日本物怪観光さんが『お化け物産展』を開催しています。全生庵~お化け物産展というのは、それこそ妖怪観光ガイドブックなんかがあったら絶対に掲載されるようなお決まりのコースなのです。日本物怪観光の怪長こと天野さんは残念ながら御不在だったのですが、色々楽しい妖怪グッズを購入して大満足。目目連の目の形が押せるスタンプや、未来を予知するといわれている件(くだん)のおみくじなど、妖怪の特徴を活かしたアイデアおもちゃ「豆化け」シリーズが本当に楽しい。
25日までやっているようなので、興味のある方は是非足を運んでみてください。見るとどれも欲しくなってしまうので、お財布は重くしてから言ったほうが吉と、我が家の件もベロンと申しております。(写真、河童湯呑み以外が豆化けです。)
それで今度こそは!と思い、角を曲がって「乱歩」に入ろうとすると…何やら見覚えのある黒い革手袋、あれは京極堂??…じゃなくって、京極夏彦先生だ!!
ナント「乱歩」にいらしてたのは京極夏彦先生だったのでした。スタッフの方も何人か居て、それで看板が出ていたワケです。みなさんで談笑中の良い雰囲気だったので、なんとなく「握手を…」とは言い出せなかったのですが、「乱歩」前で京極先生と遭遇できるなんて幸せでした~。
京極先生も恐らくはこれからイリアスで『お化け物産展』という所だったのでしょう。僕としては妖怪定番コースの締め括りにはもってこいのラスボス登場といった感じでとても嬉しかったです。夏休みっぽい一日の思い出。▼
May 27, 2009
他力本願でいこう!2009、怪談文芸ハンドブック、幻想文学第44号
*「いよいよ今週末に誰そ彼 Vol.14をやります。スイス人のAndreaによるミニマルテクノ VS 尺八奏者のKenji Ikegamiさんという組み合わせは絶対に面白いはずなので、空いている方は是非遊びに来て下さい!!
それとこの夏もお楽しみ、恒例となりました『築地本願寺ライブ 他力本願でいこう!2009』も動き出しました。先日、第一回目の打ち合わせを行ないまして、今年もなかなか面白いイベントになりそうな手応えを感じました。8/22(土)開催予定ですので、今から皆さん空けておいてください~。
サイトもオープンしました。
http://hongwanji-shutoken.net/tariki/
杉生Pがtwitterに初挑戦中です。応援しましょう。
あと、宣伝が続きますが誰そ彼メルマガ『誰彼通信』の第二号も無事発行と相成りました。1ヶ月遅れでバックナンバーをサイトに掲載していっています。こちらをご覧になって興味をもたれた方がありましたら、是非ご登録願います。登録は誰そ彼サイトの左上のテキストボックスにメールアドレス(PC推奨)を入れて送信頂くか、僕に直接メールでアドレスを送ってください。
誰彼通信のバックナンバーはこちら
http://www.taso.jp/cat/
僕は『たそがれ往来紳士録』という連載をしています。"3分間でわかる異界のモノ達"をテーマに、短いテキストの中であっちとこっちを行き来している曖昧なやつらの愛おしさを伝えていきたいと思っています。(NO.002にて既に長文化が進んでいますが…)

そのNO.002では太歳をテーマに取り上げてみました。最近の僕の中国への興味を徐々に出していきたいなと。その最初の試みが太歳です。
東雅夫さんの『怪談文芸ハンドブック』という本がとても便利でタメになるのです。これは"史上初!「即効性」怪談入門ハンドブック"を謳っておりまして、確かにこれは「即効性」!怪談の起源と捉えられる古い話から、どのような変遷で現在に至るかをスッキリと体系立てて見られるのが嬉しい。おぼろげながら知っている知識が、徐々に位置を持ち自分の中で整理されていく感触が気持ちいいです。引用も絶妙で、書名の羅列も安心感に繋がります。読みたい本が一気に増えて大変です。
怪談の歴史を紐解く第二部の第一章「古代の文学と怪談と」では、中国における怪談文芸の系譜を紹介しています。このパートだけで、暫くの僕の中国熱を満たしてくれる書名がいくつも手に入りました。
取り敢えず、竹田晃さんという方が六朝志怪や唐代伝奇研究のエキスパートとの由、彼が寄稿している『幻想文芸 第44号』を入手してみました。特集は「中国幻想文学必携」という事で、今の興味にずばりな内容です。竹田晃さんの文章の中で早速とてもグッとくるご指摘を引用
“中国の冥界は山道を歩いているうちについ迷いこんでしまう土地であったり、再生の許しを得た場合には自力で歩いて帰れる範囲に想定された世界であったりする。”
…そうそう、こういう"ご近所異界"な感覚に惹かれます。境界がはっきりとせず、ゆるやかに異界に迷い込んで、ゆるやかに帰還。切り替えのタイミングが定かではなく、そのポイントを想像するのが楽しいという。
同書には14年前の京極夏彦さんのインタビューも掲載されてました。ちょうど、『狂骨の夢』が刊行される頃。この当時に「怪談の瀕死」を指摘されており、怪談の復興をしたいとおっしゃってます。実際この後、ご自身でも怪談をテーマにした作品を書いてヒットさせたり、最近では『耳袋』を現代語訳&アレンジした『旧怪談』等の作品も出したりと、本当に"怪談復興"に携わり成功させている。東雅夫さんが『怪談文芸ハンドブック』のような良い本を出したというのも、この脈々と続く"怪談復興"のひとつの到達点だと思います。▼
May 01, 2009
誰そ彼スピーカーその後、怪 Vol.26、1990
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*「誰そ彼スピーカー、先週末はこんなんなってました。前の所有者が空けた穴(壁吊り用?)を埋めるべく工作。木棒を小さく切ったものを詰めたのですが、ボンドがなかなか乾かなかったので照明を当てて乾かしました。木棒がハミだしているので、スピーカーの片耳から耳毛が4本づつ出ているような見た目になってます。奉行所でちょっとした羞恥プレイになっているのが可哀相なので、近々カットしに行ってやりたいです。
今日はスピーカースタンドが光明寺に届いたようです。ちょっとずつ一人前になっていくスピーカー達に愛着が湧きます。

怪 26号は二度目のリニューアルを迎えてサードシーズンに突入しました。水木先生の表紙がとてもいいです。特集は「文楽」と「民話」で、これがどちらも素晴らしかった。写真ページでは文楽の人形のキモとも言える首(かしら)を紹介していますが、酒呑童子の第二形態がトラウマものの恐ろしさ!瞳孔開いてる感じで白目の色が金色になるのがとても怖い。チャッキーみたいなアゴも人形ならではの不気味さがあるというか…。水木先生が「油すまし」や「タンコロリン」の姿のイメージとして重用されたというのもナットクです。
この特集、妖怪視点で捉えているのもあると思いますが、とても文楽を聞きに行ってみたくなりました。7月にやるという馬琴の『化競丑満鐘』なんて相当数の妖怪ファンが集まるんじゃないですかねえ。狸や河童の首は見てみたい!怪オススメの演目として紹介されている『本朝廿四考』の狐を見ても本当によくできているので、否が応にも期待は高まります。
民話特集では松谷みよ子さんのインタビューを掲載。前に黒姫童話館でみた松谷みよ子展では語られていなかったと思われる情報が…。坪田譲治先生との出会いのエピソードですが、松谷さんの学校の友人がお腹を痛くして転がり込んだのが坪田先生の家で、そのまま図々しく居座ってしまったとの事。その友人に誘われて坪田先生と松谷先生が出会う事にわるワケですが、その友人って?だって野尻湖ですよ!お腹こわして転がり込むって…かなり武辺者っぽいのですがどなたなのでしょう。
インタビューの後の『松谷みよ子の妖怪民話』もイイ話が3話収められています。最初の二話の出だしで共通して"深いとろりとした淵があって"という表現がされていますが、"とろりとした淵"とは絶妙な形容ですなあ。思わず迷い込んでしまいそうな、幻想的な風景がぼおっと立ち現れてきます。日本物怪観光協会の天野行雄さんの挿絵も雰囲気が出ていてとても良いです。『蟹の湯治』の蟹がみんながよく知っているあのカニ。
お元気そうな水木先生の姿がたくさん見られるのも怪誌ならでは。こう言ったらなんか失礼になってしまうかもしれないのですが、とにかくキュートなんです。実の娘さんである水木えつこさんによる『遠野とお父ちゃん』では遠野のお祭りではしゃぐ水木先生が目に浮かぶよう。やはり娘さんはお父ちゃんの事がよく見えてらっしゃる。水木先生による遠野物語漫画化はとても楽しみです。
現在連載中の『水木しげるの異界旅行記』もオモチロイネ。と、片かなで表現したい気持ちでいっぱい。おならを異界の入り口に出来る方は水木先生以外におられません!
巻頭の『水木しげるの激写博物館』も本当にいいコーナーだと思います。水木先生が撮影された写真が一枚載っていて、その横には"水木先生にはこう見える"とでもいうような、その写真の"妖怪解釈"による絵が掲載されています。このオモチロサは文字では伝えきれないので、是非みなさん本屋で怪 Vol.26の巻頭カラーページをめくってみてほしいです。

今日は会社帰りのユニオンにて買い忘れていたCDを購入、ダニエル・ジョンストンの『1990』です。前回のエントリーで紹介したベックの『One Foot In The Grave』に続く、"オンボロをリマスター"シリーズです。(勝手に命名)
僕はこの中の"Some Things Last A Long Time"という曲がとても好きなのです。映画『悪魔とダニエル・ジョンストン』でもキーとして使用されていました。
以前、友部正人さんのトークイベントで友部さんがダニエル・ジョンストンの曲をかけていたので、友部さんならこの"Some Things Last A Long Time"をどう訳すのか質問したかったのですが、その時は場にそぐわぬ感じがして思いとどまりました。
僕なら"因縁"と訳したい。誰そ彼の活動の中で"ご縁"という言葉が浮かび上がってくる機会が増えてきた時に、松本坊主が法話か何かの中で"因縁"という言葉を使いました。CD付属の歌詞対訳では「ずっと消えないものもある」となっていましたが、『悪魔とダニエル・ジョンストン』を観た時に"消したくても消えないもの"、"消したくないから消えないもの"、"意識せずとも消えないもの"、といった風に"因縁"のカタチもさまざまなんだと思ったのです。たくさんの"ご縁"で人々が繋がれているイメージが漠然とあった時に、それとは違うレイヤーで"因縁"という目に見えないネットワークの世界が表出したような気がして思わずハッとなりました。
"因縁"というとあまりポジティブなイメージの言葉ではないのですが、"腐れ縁"のような関係を自嘲気味に"因縁"と言ったりしますし一概には言えないと思います。『悪魔とダニエル・ジョンストン』においては、彼の周りには様々な"因縁"がめぐらされていて、それはふりほどきたくてもふりほどけなかったり、解きたくないのに勝手に解けていったりしていました。人の意思では操作できない"作用"。「Oh My Lord」なんて歌いたくなるキブンの時は"因縁"が脆くもかかり続けるつり橋の様にも思えるのです。
僕は"腐れ縁"を自嘲気味に言う"因縁"はカッコいいから好きですし、脆くもかかり続けるつり橋の様な"因縁"を信じ続ける橋の傍のダニエルにも大きなシンパシーを抱くのです。▼
April 15, 2009
レジエンテール千年太、Bizarre Love Triangle

*「森野達弥さんの漫画は、『漫画 巷説百物語』という京極夏彦さんの有名シリーズを原作とした作品だけ読んだ事がありました。正しく水木門下!を地でいく画風が嬉しくって、もっと読みたいと思っていたのですがなかなか出会えずにいたんです。そんな中、本屋で見つけたのがこの『レジエンテール 千年太』。ガラっと画風が変わったのは少年誌故?
オビの情報によると千年太は郵便配達員らしい。"でも何よりUMAが好きだから、配達が遅れちゃうことも。"との本人からの告白も書いてあり、「うわー!なんか変だけどかわいくてイイナー!」と思って即購入しました。
中を開いてみると、少年誌らしく画風を丸めたというよりはオリジナリティが爆発したという印象です。漫画ではなく"カートゥーン"という言葉が見え隠れする、背景・建物・小道具の数々。人物も典型的な藤子系男子女子キャラクターでありつつも、なんとなく見た目に欧米の香りが感じ取れます。その時に流行っている芸能人をデフォルメしてチョイ役で出したりするのはコロコロ・ボンボン系漫画に見られがちな定番手法ですが、森野さんの場合ギャル曽根をまるでトイレの花子さんのような見た目にして登場させているのが面白い。確かに、ちょっと都市伝説っぽい不気味さがあるもんなあ。
これまた少年誌定番のコレクター要素としては"モンスタンプ"というものが登場します。「UMA × 切手」の組み合わせというセンスがイマドキ素晴らしいです!それで、本物のUMAをモンスタンプに封じ込めた"生きているUMA切手シリーズ"を作るという主人公・千年太の目的も無邪気でいてトンデモなくって、イマドキ絶妙な加減なのです。
公園の池に突如「ミゴー」という巨大な海竜型UMAが現れるという第一話も、実は捨てられたペットのワニが不思議アイテムで巨大化したものだったというオチ。その公園の名前がS神井公園だったり、「魚の焦げる臭いが好き」「トウガラシが苦手」といったような、巷で囁かれている習性を活かしてツチノコを撃退したりと、UMAに関する情報や実際に起きた事件などが作中に活かされています。こういう工夫から、なんとなくUMAって本当に(しかも身近に)いそうだなって子供なら思いそうな所もまたよくできています。今読んでも楽しめるけど、小学校の時に出会ってたとしても絶対にハマってたと思います。僕の「ヤングトラウマ (c)スチャダラパー」のひとつになっていた事でしょう。
そして水木門下らしさは至る所にまだまだ顔を出しています。第四話「緑色のやさしい怪物」は"どこにも居場所が無い存在"であるUMA カエル男をフィーチャーしたとってもイイ話なのですが、この中で描かれるモンスタンプの中の世界が、水木しげる先生が『のんのんばあとオレ』等で描いた"十万億土"そっくり!その世界を一瞬垣間見て感動した男の子が「い、今のは?天国?」と思わず千年太に質問する構図に、なんとなく水木少年とのんのんばあの影が重なるような気がします。
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今日はNew Orderを聴いています。先週の土曜、深夜の青山墓地花見に参加した後に成り行きでLe Baronに流れました。ああいう夜の雰囲気に朝まで親しむのは何年ぶりだろう!というか、いつのまに離れたのだろう。
翌日は吉祥寺ハモニカ横丁にて、同じような話を先月岩盤NIGHT@Agehaに参加した友人ともして、なんとなくダンス気運が高まっている春の夜、カンパチ通りを揺れて歩くにはNew Orderがちょうどいいです。ああ、東中野辺りにハシエンダでもあればなあ。明け方にBizarre Love Triangleが流れたら、僕は落涙するのになあ。▼
March 24, 2009
バーナード・リーチ、陳舜臣
*「昨年、日本民藝館で購入した一枚の絵葉書。バーナード・リーチの『鉄砂抜絵巡礼文皿』という作品です。"幽霊"と"Ghost"のあいのこのような、この幽かでいとおしい曖昧な姿にすっかり心奪われ、リーチのファンになってしまいました。民藝館の売店では湯呑みやご飯茶碗やら買うものがいっぱいあったせいで、後回しになっていたリーチの著書『バーナード・リーチ日本絵日記』を漸く買って読んでいます。リーチが日本に滞在していた約一年八ヶ月の間に書いた、日記やイラストをまとめた本です。頭っからやっぱりひっかかるところが多くて嬉しいので、忘れないようにメモしときます。
日本を訪れて半月ばかりのリーチに"亀ちゃんの従妹"という人物が訪ねてきます。亀ちゃんとは本名森亀之助と言い、13歳の時にリーチに弟子入りするも、早発性痴呆症を発症して精神病院に引き取られてしまったという人物。リーチは「あの頃の私にもっと洞察力と将来の見通しがあれば、まだ年端のいかない子供が外国人のもとで藝術の修行をするということは、彼の将来をただ困難にするだけという事が事がわかったのに」、と後悔しています。"亀ちゃんの従妹"から亀ちゃんの死を知らされたリーチは「気の毒な亀ちゃん!君の人生の目的はなんだったのだろう」と嘆きます。回想の中で、亀ちゃんはウィリアム・ブレイクやセザンヌやヴァン・ゴッホを愛したと語られるのですが、僕は民藝館で見たリーチのひとつの作品を思い出しました。それは『鉄砂抜絵組み合わせ陶板 森の中の虎』というもので、ウィリアム・ブレイクの有名な一節 "TYGER TYGER BURNING BRIGHT IN THE FOREST OF THE NIGHT" が彫られた幻想的な作品なのです。
他にも、民藝館が米軍の焼夷弾で燃えそうになった時、柳兼子(柳宗悦夫人)がバケツとほうきで火に奮闘して救った、などのいい話がいろいろと…。また、"日本を愛する外国人"としての先輩であるラフカディオ・ハーンの引用や想起が多い点も興味深いです。ハーンにも『日本の面影』と題された、同じような日本滞在記が出版されていて僕はこれも愛読していますが、客観的な視点から捉えた当時の日本を読めるというのは本当に面白い。ハーンだけに、焦点はやはり習慣や信仰に集まっていますし。
僕は、今よりもっとお化けや妖怪とか見えない存在がのさばっていた時代の人々の生活や信仰を知りたい。どんな事に価値があって、何を信じて彼らが生きていたのか、等など…。
最近何故だか突然三国志にはまって二種の三国志を同時に読み進めているのですが、英雄や豪傑の活躍に描写が集中している本よりも、その頃の民衆に近い視点が描かれている本の方が面白いです。当時まだまだ文化や思想は上層の人々のものでしかなく、信仰は道教を利用して組織化を図る宗教団体が現れ始める頃。西域からは仏教が伝来し始めるも、"生きとし生ける全てのもの(=sattva)が救済される"ということが、儒学の人間主義が浸透している中国人には理解できないだろうという考えから、sattvaを"人民"と訳してみるとか苦戦中だったりで。(sattvaは原文では亡霊や精霊も含まれるとの事)
戦争とか飢饉とかトラブル頻発で明日の食うものにも困るような殺伐とした時代に生きる"人民"達は、亡霊を恐れる事はあっても精霊を感じる事はあるのだろうか?とか、信仰に縋る事はあっても文化に親しむ余裕はないんじゃないか?とか、そんな事がとても気になります。
二種読んでいる三国志で後者にあたる面白いと思った本は、陳舜臣の『秘本 三国志』です。ユリイカ3月号の諸星大二郎先生インタビューにて先生が執筆にあたって参考にしている本として「陳舜臣の『中国の歴史』なんかが重宝するんです(笑)」なんて(笑)付きが意味深な感じで挙げていて…、でもちょうど『秘本 三国志』を読んでいるので副読本として『中国の歴史』も求めてみました。併読するとやはり更に理解が深まって良いです。先生は参考にしているポイントとして『山海経』や『捜神記』などの怪しい方面からの引用が多い事を挙げていますが、『山海経』も気になるんだよなあ、最近。モロ☆先生と三国志の影響で、中国の神話や歴史にこれから潜ってみたい心境なのです。▼
::過去の関連エントリー::
2007年8月 - ルドンの黒、ジュークボックスに住む詩人(Ghost画つながり)
2007年7月 - Japanese suburban symphony(民のくらしつながり)
2004年8月 - ENCHO'S GHOST(幽霊画つながり)
August 03, 2008
文藝怪談実話
*「夏でなくとも年中怪談は好んで読んでいますが、夏となると出版が多くなるので特に嬉しいです。中でも東雅夫さん編の文豪怪談傑作選シリーズはとても面白いのでいつも楽しみに読んでいます。この7月に出たのは特別篇第二弾の『文藝怪談実話』。これが兎に角恐くて素晴らしいので読み終えたばかりですけど紹介したいと思います。
まずはタイトルに掲げられている"実話"という二文字。これは、その文章の書き手が実体験した、または人づてに聞いた実体験を記したものであるという事を示しています。怪談実話は創作怪談または怪談文学とは似て非なるものであり楽しみ方も違うのですが、時に怪談実話が怪談文学を超える詩情を垣間見せる瞬間があります。実体験だけに話に想いが宿っているのでしょう。そういう話が正に『文藝怪談実話』であり、この本に多く収められています。うまいタイトルをつけるなあと感心しました。
その視点で僕が気に入ったのは都筑道夫さんの『夜の寺』でした。お寺で百物語の会をやった後に参加者達が次々と奇禍に遭うという話で、最初に亡くなってしまうお寺の娘さんの何となく達観しているような物言いや、都筑道夫さんにとっての彼女の印象など。淡々と描きつつも愛着がこぼれていてとても切ない。
そして、"実話"と謳っている以上はやはりリアリティがあるので、恐がらそうとして書いている創作怪談を恐怖面で上回ってしまう事があります。
その線でいくと今回の目玉ともいえる、中盤の章「史上最恐の怪談実話!? - 田中河内介異聞」にまとめられている数篇が凄いです。"史上最恐"の文句に偽り無し!京橋の書画屋で行われた百物語会(泉鏡花も参加していたという)に突然現れた男が、タナカ・カワチノスケという寺田屋事件に関わった人物の最期を話したいという。これを知っているのはもう自分しかおらず話せばよくない事が起こると言って話し始め、全て話し終えぬうちに絶命してしまう…。ここまで書いただけでキーボードを打つ手が震えてきましたが、実際にあったというこの事件にまつわる様々な因縁や異説がいくつか掲載されています。異説が存在するというのは現代の都市伝説に近いものがありますね。
この数編についても言えるのですが東さんの話の配置が絶妙で、まるで匠のDJのごとき手捌きでバシバシ繋いでいきます。あとがきに「明治の文豪から平成の人気作家まで、時代を超えて多彩な文人墨客、名優や碩学が一堂に会するヴァーチャルな百物語、夢のベストメンバーによる怪談会を、紙上に幻成せしめようという目論見である。」とありますが、小泉八雲が「結局、幽霊の最大の敵は近代の建築家に他ならないことになる。」と洋館における幽霊の実際について喋るに次いで、圓朝が流麗なる口調で自身の百物語に収めようとしていた虎の子怪談噺を披露。続けて綺堂が「今度はわたしの番になった。席順であるから致し方ない」と語り始める流れは怪談ファン感涙。ロマンチックですなあ。
また、後半の「文壇と怪談と-大正・昭和作家篇」でも東さんの手腕が光るおっそろしい連鎖が…。ネタバレになるので書きませんが、稲垣足穂の「黒猫と女の子」冒頭でドキーッ!恐怖で一旦本閉じましたもん。こんなのって久しぶり…涼しくなりたい方には本当にオススメです。
当シリーズ、8月刊行は『小川未明集』ということでこれもまた楽しみです。▼
December 05, 2007
墓場グルーヴとオレ
*「おわ~、墓場鬼太郎盛り上がってまいりました
アニメ化楽しみダナー
http://www.sonymusic.co.jp/Music/Info/denki/info/index.html
http://www.toei-anim.co.jp/tv/hakaba/
気分が盛り上がってきたついでで、先日の誰そ彼 Vol.11にて配布したフリーペーパー『busse posse issue』に寄せた原稿を掲載します。
のんのんばあとオレ、フランスのアングレーム国際漫画賞グランプリ受賞記念愛蔵版について書きました。どんぞ~
シリーズ百鬼巡礼第九夜 [怪住考]
◆ 誰のところにも、怪は棲む
先日、現代妖怪の生みの親であられる水木しげる先生が、フランスのアングレーム国際漫画賞グランプリを受賞されました。水木しげる先生が海外の賞を受賞されるというのは一妖怪ファンとしてはとても嬉しく、また意義深いものと思います。
今回受賞した作品『のんのんばあとオレ』は、水木しげる先生が幼少時代に体験した妖怪との出会いや周りの人々との思い出を描いたもので、戦前の日本のムラ社会のようすの一例が克明に描写されている点も含めて色々な意味で多くの人に読んで頂きたい作品です。もちろん、海外の人にも。
しかし、妖怪という概念は日本以外の国の方にも容易に理解できるものなのでしょうか?妖怪は目に見えないものであるうえに、日本の風土や歴史に深く結びついた多面的な存在である故、その多くを捉えようとするならばなかなか難しい問題であるといえます。私達日本人でさえ同じ事なのですから。ただし、最初の門については言葉や文化の壁を越えた大きな門戸が開け放たれていると言えます。それは、水木しげる先生が実際に世界中を冒険し、それぞれの地で感じた妖怪達を絵にされていらっしゃるからです。例えばそれはニューギニアの奥地の電気の通っていないような村でさえ通じたそうです。現地の村人に妖怪の絵を見せたら「ああ、コイツ知ってる。あそこの森にいる。」というような反応があったりするそうです。水木しげる先生ご自身も"妖怪千体説"を唱えていらっしゃり、世界には似たようなのを合わせてもだいたい1000体くらい妖怪がいると述べられています(1000体という数は日々だんだんと増えているようですが…)
つまりそれらは、間違いなく世界中にいるのです。
水木しげる先生のご功労によるインフラ整備で"絵"という直感的なインターフェースを、財産的に享受している私達ですが、更に次のステップに進んで日本の妖怪を海外の方に理解してもらったり、自分が世界の妖怪への理解を深めるにはどのような方法があるのかという事を考えてみます。
そのヒントはアングレーム国際漫画賞受賞記念として発刊されたフランス版『のんのんばあとオレ』にありました。フランス人の読者が想定された前書きにおいて、まず『ゲゲゲの鬼太郎』を挙げるような事をせずに作中の舞台と人間関係を丁寧に説明しています。そしてそれは"この作品を理解するために"と注されています。のんのんばあは水木家の住む村のお寺でまじないや祈祷を生業として暮らしていたお婆さんで、貧しい。旦那を亡くしてから、親戚にあたる水木家に住み込みで働く事となったのです。水木家は父が東京の大学を出て、銀行勤めである程度は裕福な家庭であった事も説明がされます。更に、のんのんばあが水木しげる少年(作中では村木茂)を"しげーさん"と呼ぶが、"さん"付けというのは日本では目上の人物に対して付けるものであり、それは二人の身分的な立場の差であったり、のんのんばあがしげる少年に対して尊敬の念を込めていることが影響しているとの記述も見られます。
水木しげる先生の著書を紹介する前書きとして『ゲゲゲの鬼太郎』を挙げるよりも先に、舞台となる小さな共同体の構造の説明が必要だったという点がとても興味深く感じました。それは確かにこの作品のストーリーを理解する上でも重要な事であるし、ひいては作中に多く登場する"目にみえない存在"の理解にも通づる要素であると思うからです。
鳥山石燕による『画図百鬼夜行』は江戸の民間の娯楽として、当時の大衆風俗や世間批評を駄洒落などのフィルターを通して滑稽に描かれました。日本の風土を後世に残さねばと柳田國男が農村の調査をし、民話を収集し『遠野物語』を著しました。水木しげる先生は世界中のお祭にはいっていき、土産物屋の民芸品を買い占め、世界の妖怪をたくさん描かれています。妖怪というものはやはり土地や人にわくものだと思います。その土地の生活を覘き、人と接してみる、文化を知るという事が世界の妖怪の秘密に迫る重要な手がかりとなるでしょう。流石に江戸に行く事は叶いませんが、私もいつかは、冒険家 水木しげるのように世界を旅して多くの妖怪を見つけたいものです。▼
July 12, 2006
付喪神(つくもがみ)
*「久々のエントリーになります。本やCDの感想など色々と書きたいことは溜まっているのですが、今引越しプロジェクト進行中でソワソワしてしまい書きかけの断片のみが増えていっています。
現在は練馬区吉祥寺関町という街の2DKに弟と二人暮しをしているのですが、『そろそろお互い(というか僕が)いい歳だし』という理由をもって解散する事に決めました。とはいえ、弟は今の2DKに友人を招いて住み続けるようだし、僕の引越し先も相変わらず関町なんです…今度こそ杉並区か武蔵野市あたりに脱出しようと試みたのですが、暮らし易さと家賃の安さを考えると練馬区の魔力から逃れられませんでした。しかも、吉祥寺から更に少し離れ、実際問題西武新宿線の駅まで徒歩3分のとこです…。西部新宿線の方がもし!いらしたら是非とも気軽に遊びに来て頂きたい。吉祥寺からアクセスなさる方はバスかタクシーで10数分揺られる覚悟を。井の頭線沿線メンバー(募集中)は引き続き遊びましょう。
そんなわけで毎晩大量の荷物にうんざりしながら格闘を繰り広げているのですが、長年の戦友であるテレビジョンが遂に息絶えました。以前荒俣宏先生の講演会にて、荒俣先生が長く使用していたTVが壊れたという話を聞いたのですが、光栄な事に先生とまったく同じ症状で壊れていました。その症状というのは画面が横一本の光線になってしまうというもので、荒俣先生は首を縦に動かすと映像が見れるんですと興奮気味に語っておられましたが、僕のやつもそうでした。しかしそのやり方で見ていると首が疲れるので、そんな時はTVの右脇腹を『ビビビビビッ』とはたくと正常に戻る時もあったのですが、ついにはたいても戻らなくなってしまいました。彼もこの引越しを機に引退しようという腹づもりなのでしょう。九十九年とは言わずも、十年以上よくやったと撫でるフリをしてまたはたいてやるんですけどもう、戻りません。部屋で独り荷物を詰めてると、テレビ世代のSagaかもの寂しい気もしてくるのです。それで、ラジオをつけるようになりました。普段職場ではなんとなくJ-WAVEをかけていますが昼間のJ-WAVEなんぞ毒にも薬にもならん。(16時のジャイルズ・ピーターソンと16時半のピストン西沢&秀島史香辺りからじわじわ楽しくなってくるんですけど)エアチェック経験なんて小学生の頃のB'zの『BEAT ZONE』(TFM赤坂泰彦ミリオンナイツ内)と、中学生の頃カヒミカリイのタイトル忘れたけどウィスパーヴォイスすぎて聞き取り難いラジオ(NHKミュージックパイロット内)くらいで、かなりティーンのメディアという印象なのですが。。。やっぱり遅い時間にスティーリー・ダンやキャロル・キングなんかがかかると、思わず手を止めて聴き入ってしまいます。小沢健二の歌で "真夜中に流れるラジオからのスティーリー・ダン..."という歌詞があって、中学時代それを聴いてスティーリー・ダンのベスト盤を買いに走った想い出が甦りました。リマスターのCDやレコードで聴くのとは違った良さがありますなあ。なんというか、心によく響く。
新居用に購入したステンレス槽の洗濯機や2WAYセンサーの電子レンジなど、新メンバー達との生活も楽しみですが、散々はたかれつつも晩年を付き合ってくれたテレビデオとの別れがなんだか惜しく思えてきます。しみじみとビールを飲み、ラジオを聴きながら。▼
June 08, 2006
妖怪在中
*「日曜の夜、帰宅したら郵便受けにこんなものが、、、

『妖怪在中』の四文字のデカさにシビれつつ開封すると、確かに在中してました。しかも、みっしりと。
…この粋なはからいは当ブログをご覧の皆様ならご存知の妖怪絵師・加藤さんによるものでした。僕が以前にオーダーしていた加藤さんの作品集『百怪図 巻一』が出来たという事で、四国はゲゲゲのオオゲ島より産地直送して頂いたのです。“出来た”というのは『百怪図』は版画集で、刷りから綴じまで一冊ずつ加藤さんによる手作りなのです。
内容の一部はこちらで見る事ができますが、どれも素晴らしいです。加藤さんの描く妖怪達はデザインされているところがとても気にいっています。以前大阪の万博記念公園に行った時に、当時のスタンプラリーのスタンプを復刻して跡地に設置してスタンプラリーを体験できるというのをやっていて、そのスタンプのデザインがどれも良かったのですが、なんとなくそのスタンプを想い出します。いつか加藤さんの妖怪が百体になったら、全てをスタンプにしてスタンプラリー形式の肝試し大会をやりたいなあ。怖くてもスタンプ欲しさにみんな進むしかないという。そして百体のスタンプが揃うと…
版画の作品集なんて人生で初めて手にしましたが、“自分の一冊”という感じがしてとても愛着が湧いてきます。
記念に鳥山石燕の『画図 百鬼夜行』のレプリカとmy百怪図の2ショット▼

March 18, 2006
妖・怪談義 第八夜
*「もう一週間前のお話になりますが、ロフトプラスワンにておこなわれた『妖・怪談義第八夜』に参加してきました。今回は寝不足が続いていたせいか恥ずかしながら舟を漕ぎつつの時間もあったのですが、僕なりにすくいあげた部分を記しておこうと思います。
妖・怪談義とは『新耳袋』で有名な木原浩勝さんによって開催されているイベントです。フライデーナイト21時より、未成年ではない、寧ろいい年の人たちが新宿歌舞伎町の地下に集まり朝まで化け物の話をするという素敵な催しです。木原さん他妖怪関連各所の様々な方々が登場し、各自の視点・方法でもって妖怪を語ります。今回は時間割りがうまくいかずに(みなさん喋りすぎてしまう傾向に)次回に持ち越された企画などもあったのですが、そんな(いい意味で)雑然とした印象の会の中でも、妖怪という得体の知れぬものを包括的に捉えるヒント(イメージ)がちゃんと浮かび上がってきた点に驚嘆しました。
全てはイベント最後のまとめとしてゲストの京極夏彦先生がおっしゃっていた「妖怪研究はらっきょうの皮を剥くようなもんです。皮を剥いていく過程が楽しいのであって全部剥いてしまえば何も残らんのです。」という言葉に集約されたように思ったのですが、その要素については以下です。
ライトノベル作家の東亮太さんによる「鬼太郎内における柳田妖怪と石燕妖怪の対立構造の成立」についての仮説の参考資料としてアニメ鬼太郎第四期シリーズの101話『言霊使いの罠!』がとりあげられました。この回は京極夏彦先生脚本によるもので、妖怪に明るい方が見たら涙が出る程えげつない、そしてアニメキッズ達が見てもわけのわからない妙な攻撃を仕掛けてくる難敵が登場します。敵の名は“一刻堂”、風貌は京極堂シリーズの中禅寺秋彦(キャラデザインもアフレコも京極先生ご自身のようです)「この世に不思議なものなど無い」というセリフも聞き覚えがあるこの陰陽道の使い手による大人げない攻撃は、「なまえをうばう」というものです。要は、いったんもめんとっつかまえて「オメーただの布きれだろ、なんで浮いてんの?」と突っ込んでしまうのです。哀れいったんもめんは名前を思い出せなくなりただの白い布きれになってしまいます…。これは先の京極先生の言葉に当て嵌めるとらっきょうの皮をいっきに全て剥がし取るようなものなのです。全部剥いてしまうと何も残らない。アニメでは白い布やカボチャが残りますが、それは何も無いに等しいのです。もちろんこのお話のほうはそのまま負けてしまうわけではなくなかなか泣けるオチがつくのですがそれはまた別のお話。
また、東亮太さんが前述の仮説を立証するガイドとして示したひとつのチャート図、手描きで5分で描いたという図ですがこれがなるほどと唸ってしまう面白い図でした。怪異・モノ・コトなどが伝播・分岐していき文化として表層化してきたポイントを捉えた図なのですが、このチャートを逆に(この場合は水木妖怪から)辿ってみると…、その行為こそ正に“らっきょうの皮を剥く”過程だとわかるのです。おおっ。
他にも思い返してみると、多田克己さんによる河童のお話、林田さんによる油ずましの調査報告、等など…みなさんのお話の中に“らっきょうの皮剥き”の過程が見られました。僕もいつかきっかけがあればらっきょうの皮を剥く側にまわってみたいなあと思ってしまう程、いい熱が高まる場でした。
追伸:同会場にて、このブログには何度も登場いただいている風眠庵こと加藤さんらが進めていた『妖怪反物計画~プロジェクトQi(チー)~』の発表がありました。「妖怪柄の反物を染めて、妖怪浴衣を着よう!」という企画です。加藤さんによる「ふらり火」をモチーフにした素敵な妖怪デザインの反物が購入できます。くわしくは下記URLから。
http://foomin.net/blog/archives/2006/03/post_68.html
加藤さんも妖怪を描くという方法でらっきょうの皮を剥いておられるワケですね。▼
December 22, 2005
妖怪感度

*「年末年始はどたばたしそうなので、日曜日に川崎市市民ミュージアムの大水木展に行ってきました。昨年の江戸東京博物館での開催時も行ったので二回目ですが、気持ち的に余裕をもってゆっくりと見れました。(前回は何故かとても緊張してしまった)
大きく違う点は客層です。幻獣展で訪れた時も思ったのですが、川崎市市民ミュージアムは子供がたくさんいてしかもパワフル。奇声をあげながら走って、軽く注意されているという場面もありました。でもそれはそれで妖怪にはあっている感じがして楽しかったです。水木先生が世界各地で撮影なさった漫画背景用の資料写真を見ながら、「あ、ここに目がある!」とか「この木は○○に見える」とか色々発見して喜んでいたので、やはり子供のほうが妖怪感度が高そうだナアと羨ましく思いました。
今度は水木しげる写真展とかやってほしいですね。あとは世界各国で集めていらっしゃる像や仮面。それだけでも十分に意義高い展示会ができてしまいそうなくらい集まっているかと思うのですが。
新年は1月9日までやっています。12月25日には京極先生の講演会もあるようです(人多そう…)▼
November 21, 2005
奇談
*「土曜日、映画『奇談』を観てきました。諸星大二郎先生の名作『生命の木』が原作で、妖怪ハンター稗田礼二郎は阿部寛が演じています。
原作は諸星大二郎の“妖怪ハンター”(稗田礼二郎のフィールドノートより)というシリーズもので、当初は少年ジャンプに連載されていたそうです。ジャンプ連載は5回で切られてしまったようですが、その後も少しずつ描き続け最近待望の新刊『稗田のモノ語り・魔障ケ岳』も出ました。映画公開の影響か、過去のシリーズもまとめて文庫化されていますので、興味を持たれた方はこちらで読むのが便利かもしれません。地の巻には、作者自身が不満足な出来だったという理由で入手し難かった作品『死人帰り』が収録されているというファン泣かせの仕様です…。
このシリーズは諸星大二郎作品の中でも民俗学的アプローチが色濃いもので、考古学者・稗田礼二郎が日本各地で出会う様々な伝説に絡んだ事件を描くというものです。原作『生命の木』において稗田礼二郎の役割は語り部であり、一応の主人公役として民俗学を研究していると思われる学生の青年が登場します。それでも、彼もあくまでも事件の傍観者に過ぎず、舞台となる村での顛末には深く関わらずに、彼や稗田礼二郎が見ているものが坦々と描写されていくのみです。諸星漫画は勿論これでいいのですが、映画化にあたってその辺りにメスを入れようとしたのか何故か主役は女性の藤澤恵麻(里美役)となっています。
(以下多少のネタバレ含む、観る予定の方はスルーで)
November 16, 2005
妖・怪談義 第七夜
*「先週末ロフトプラスワンにておこなわれた『妖・怪談義』に参加してきました。妖怪ファンならみなご存知のイベントで、『新耳袋』の木原浩勝さんによって開催されています。
関東近郊にお住まいの妖怪愛好家・研究家・創作家のみなさんによって紡がれている妖怪シーンの現在が垣間見えるようで、行ってヨカッタと実感しました。こういう“現場感”は今までなかなか味わえていなかったので、それに対比させて自分自身の妖怪への想いが浮き彫りになってきたりと、色々な意味で勉強になったと思います。単純に知的好奇心を満たしてくれる場所としても、自分の趣向にここまで合致したイベントは他に無いと思いますので、これからも参加したいです。
イベント当日の朝、四国の離島“ゲゲゲのオオゲ島”から妖怪住職・カトウさんを我が家にお迎えして起きたそばから妖怪トーク。仕事を終えて新宿に行き、カトウさんの妖怪仲間の方々とも合流してファミレスで腹ごしらえ、そしてロフトプラスワンにて朝まで7時間のトークイベント…と、半分以上の時間を妖怪の事を聞き、考え、話し過ごした一日。なんとも幸せなことです。
カトウさんからは自作の素晴らしい“妖怪大戦争おふだ”を戴きました。カトウさん自彫りの版画ですのでもちろん非公式グッズですが、映画制作陣に贈ったところ三池監督も絶賛だったそうです。

( カトウさんのほかの作品はコチラで見れます )
そして帰ってきて週間大極宮をチェックしたら、厨子王の逆襲にて
のニュースが。第三部といえばちょうど僕が見ていた時代のもので愛着があります。しかし、やはりアニメのDVD BOXで全話収録となると実際問題お値段が現実的ではありません。もし第二部や第一部がDVD化されたら高いお金を払ってでも手に入れたいという気がしますが…げげげ通信の告知では
☆アニメ版ゲゲゲの鬼太郎DVD-boxの発売決定!☆
まずはアニメ版第3シリーズから
と、出ています。“まずは”という事はもしや。。。▼
November 08, 2005
沼御前(ぬまごぜん)
*「奥会津“河童に出会う旅”日記 二日目。(一日目はコチラ)
10月9日(日) 福島くもり時々はれ
二日目の朝もゆっくりとなりました。こんなにしっかりとした朝食を摂るのはいつぶりだろうと思いながらご飯を食べ、河童の朝風呂をたのしみました。二日目は大蛇伝説の残る沼沢湖を訪ねようと考えていました。本数の少ない町営バスで行けるという話は聞いていたのですが、調査不足、ナント土日は走っていない…。困っていたところ、粋な若旦那のはからいで送って頂けるはこびとなりました。若旦那のいとこの男性の車に乗せて頂いたのですが、見かけはいかつくも優しい方で、金山町の産業や名産品について色々とお話を聞くことが出来ました。途中、珍しい海老が見れるというスポットに車を止めそこで塩焼きにしていた沼沢湖養殖のヒメマスをいただきました。
沼沢湖はとても美しい湖で(県内一の透明度らしい)曇り空の朝の幻想的な景観は写真で見る北欧の雰囲気さえ感じさせました。その景観のせいかどうかはわかりませんが、湖の近くには井村君江先生の妖精美術館があります。井村君江先生は妖精研究で有名な方で、会長を務めるフェアリー協会では水木しげる先生も名誉顧問として名を連ねています。お互い対談の機会も多いですし、前述の『田舎の河童』の水彩画もお二人のご縁によるもの。この旅には欠かせぬスポットとして妖精美術館を訪ねることにしました。
その前に、沼沢湖に面して建っている「椎名誠記念館」に立ち寄ってみました。そもそもは「大蛇記念館」だった建物を一時的に「椎名誠記念館」にしています(なんという転身!)何故椎名誠さんが金山町に登場するのかというと、映画のロケで使用したそうなのです。一階には十数枚程度の写真が大きく展示されていて、二階はセルフサービスの喫茶「ぐびぐび」になっています。写真は枚数も少なくさっくり観終えてしまいましたが、二階「ぐびぐび」にてコーヒーブレイク。件の映画のDVDを観ながら、椎名誠さんの本は読んだことが無いけど彼は間違いなくいい人なんだろうと確信し、しみじみ金山町の事を考えていました。沼沢湖周辺は少し集落があって、これが昔ながらのつくりの家でとても良い塩梅。朝送ってくれたおじさんの話によるとスキー場があるけれど正直あまり流行っていないそうで、観光というほどの呼び物もない、とのこと。廃校を改造した宿泊施設なんかも見かけ泊まってみたくなりましたが、それも決して賑わっているようには見えませんでした。畑で作っていたのは茄子や大根、そしてたくさんのキウイ。特にキウイがおいしそう。あとはさっき食べた養殖のヒメマスなど。椎名誠さんの映画撮影、妖精美術館、大蛇伝説に河童伝説…などなどキーワードだけ並べてみても地味ながらも味わい深い村です、金山町。東北というと2年前に訪れた遠野や花巻の寡黙な農村風景を思い出しましたが、福島はそれに比べて人が明るく話し好きで親しみ易い印象です。僕はコーヒーを飲みながら金山町に対して湧く愛着をひしひしと実感しました。
そして道端のキウイに心惹かれつつ妖精美術館まで歩きました。日本らしからぬ建築物の突然の登場でテンションがあがります。妖精的に価値の高いらしい絵画の数々に、ファイナルファンタジーなあのお方のデザインによるステンドグラス。漂う空気がどうしても郊外のちょっとした金持ちの家といった印象で、けっこう心地好くくつろげます。女神転生などをやっていると妙に妖精の名前に詳しくなったりしますが、ゲームのキャラクターデザインへの影響や、引用元が明らかになるようでなかなか楽しめました。あとは妖精の生態に関する展示がとても面白かったです。本当に面白かったので以下に引用しちゃいます。
[妖精を見る方法]
1.妖精界の近づく日を知る
・5月1日(メイ・デイ)
・6月24日の前夜(ミッドサマー・ナイト)
・10月31日(ハロウィーン)
2.妖精の現れる時刻を知る
日の出寸前、影の消える正午、逢魔ヶ時、真夜中
3.妖精の塗り薬を目につける
4.四葉のクローバーを頭に乗せる
5.透視能力(セコンド・サイト)を得る
6.透視能力者の力を借りる
右足をその人の左足の下に入れ、その人の手を頭に乗せ、その人の肩越しに目を向ける
…なんとメルヒェン!3,5,6辺り難易度高過ぎ。
[妖精の好き嫌い]
気に入る事→美しいもの、清潔な炉端、片付いた台所、きれいな水、陽気さ、楽しさ、うそいつわりのないこと
気に入らぬ事→のぞかれること、じゃまされること、散らかった台所、よごれた炉端、陰気さ、粗暴さ
[妖精の服装]
1.主な材料
木の葉、鳥の羽、蟻や昆虫の羽、クモの巣、緑の苔、カビ、山羊の皮
2.服の色
緑の上着に赤帽子、白いフクロウの羽が一般の妖精の好む色合い。ただしサマセットの妖精は赤い服が多い。
…などなど、色んな文献から拾ってまとめたのでしょうか、こういったパネルがいくつかかけてあって楽しいです。マジメですから、メルヘンなのです。
二階では、金山町の伝説のイメージビデオが見れますが、これも素晴らしかった。野尻川の河童の伝説も紹介されています。野尻川で馬の尻尾を引っ張って川に引きずり込むいたずらをする河童がいたのですが、ある日人間に捕まってしまいます。許しを乞う河童に対して、二度とこの辺りには来ないようにと証文をとったという典型的な河童話でした。その証文をとった岩は“河童石”と名付けられました。また、一年のうち一日だけ河童が自由に来ても良い日を設け、その日(7月7日)を“河童放し”と名付けて村人達は川には近寄らないようにしているそうです。(参考 http://www.nichibun.ac.jp/YoukaiCard/1070515.shtml)
沼沢湖の大蛇伝説も紹介されていました。退治した大蛇の首を埋め、その上に沼御前神社が建てられたようです。神社は今でも沼沢湖近くに残っていて、毎年大蛇祭りが開催されます。写真によると湖の上で炎などを使ってショー的に伝説を演じていて興味深く、今度金山町に来る時は大蛇祭りが見てみたいと思いました。神社は方向が違ったので行きませんでしたが、祀られている沼御前様がいつでも沼に帰れるように湖上から真っ直ぐに参道が続いているらしく、諸星大二郎の『海竜祭の夜』を髣髴とさせます。海、湖に竜、大蛇などが絡む場合に鳥居の配置は重要なのでしょう。
他に神隠し系の伝説もイメージビデオ化されています。湖で消えたおなつという娘が、湖底の館で美しい姫様と幾日か暮らしていたという竜宮城系のお話です。沼御前の伝説との関係性には言及してはいませんでしたが、もしかしたら湖底に住んでいたのは沼御前様という解釈もあるかもしれません。“ヒメ”マスの養殖というのもキーワードかも、などと妄想は尽きません。
(おなつ伝説の別Ver.→http://www.nichibun.ac.jp/YoukaiCard/1070505.shtml)
このビデオ(LD)、景色を綺麗に映しているし、伝説イメージビデオのゆるい空気感も最高なのでとても欲しくなってしまいました。全国各地で村興しのビデオとか作ってそうですけど、全部集めて地方ごとにまとめてDVDとかで商品化してほしいです。
妖精美術館でファンタジーをチャージした後は、沼沢湖を少し散歩。そして、逃すとまずい電車を逃さぬように駅を目指して歩きます。昨日分の日記に記したようにJR只見線は一日に10本以下しか走っていないのです。駅までは40分くらいだと聞いてはいましたが、念の為少し早めに歩き出しました。沼沢湖はカルデラ湖で、駅まではずっと下り坂です。山から降りてくる水路を両端に配する涼しげな道を下り国道を目指します。しばらく歩くと視界が開け、下方を流れる只見川が見えてきます。この風景がとても美しく、山歩きの疲れも吹き飛びました。只見川は吸い込まれてしまいそうなくらいに深い緑色で、絶対にかっぱの居る色。小豆洗いの伝説なんかも残っているようです。
蛇行する車道によりなかなか川に辿り着けないもどかしさがありますが、その分長い時間景色を楽しめるという飴と鞭な道のり。プリッツバター味の甘さを妙に美味しくかんじます。簡単に飛び込めそうだと思える橋、そう思わせる川を渡ると、駅はもうすぐ。雪除けの道を行き、目指すJR只見線早戸駅に到着です。早戸駅は無論無人駅で東京育ちの僕には珍しく映りましたが、それ以上に珍しいといえるのは、単線の線路の一歩先が川!電車を待つ間、思わず持っていたシートを広げて座り込みその景色に見入ってしまいました。
電車がくる10分前ともなると地元の方もホームに現れます。そのうちの一人のおばあちゃんに話し掛けられました。今年は紅葉がまだ若いということや、スキー場が儲からないなどのお話でしたが、印象的だったのはおばあちゃんの先生のお話です。サエキだかササキだったか、先生が最近なくなったそうな。その方は背後の山の上に住んでいらっしゃって、とても良い先生だったとの事です。しかし、山の上に住んでいるといっても、急勾配の険しい山なためどうやって先生が山と村を行き来しているのかが全くわからないらしいのです。おばあちゃんはいつかその方法を聞こうと思っていたのに、先生は亡くなってしまった…。その事を悔やむわけでもなく、ただ「不思議だ。」と繰り返していました。僕は沼沢湖から歩いてきたといったら驚いていましたが、おばあちゃんは会津川口の集落に住んでいて今日は早戸の温泉に入りにきたそうです。旦那さんも少し前に亡くして今は独りで住んでるのだという言葉に何故か東北の旅情を感じる僕。電車がやってきます。
昨日は雨で気付かなかったのですが、只見線からの景色は凄い。ずーっと只見川沿いです。車窓は真緑で覆われ、水面に映る山々のどちらを実像と捉えるかなんて錯覚を楽しめるほど。20分くらいで到着し只見川に後ろ髪をひかれつつ降車した会津川口の駅も、同じく只見川沿いで絶景かな。
宿に戻ってから、野尻川を少し散歩してみました。昨日の江戸東京博物館の方の調査ドキュメントに出ていた梵字岩を見つけました。
そしてまた河童の湯へ。夕食は桜刺しや鯨鍋など、食べ過ぎて苦んだり。今夜もビールを飲んだり。 (三日目に続く)▼
November 07, 2005
シリーズ にほんのかっぱ - 福島編

*「会期延長で、年末年始は川崎市市民ミュージアムにて開催される大水木しげる展。東京では1年前の同じ頃に江戸東京博物館で開催され、僕ももちろん足を運びました。その、江戸東京博物館での開催から展覧会に加わり、図録には未収録の一枚の水彩画がありました。“田舎の河童”というタイトルで、淡く幻想的な色彩がなんとも美しい河童の絵です。水木しげる先生の膨大なる画業の中でも水彩画というのは大変珍しいと話題になっていましたが、福島県の旅館にあったもの、という事でした。すかさず旅館の名前を記憶して帰り検索してみたところ、福島県でも新潟よりの金山町という町にある玉梨温泉の旅館で、なんと河童の湯と名付けられたお風呂まであるようです。それを見てどうしてもその旅館・恵比寿屋さんに泊まってみたくなり、絵が旅館に帰ってくるはずの2005年9月以降に必ず泊まりに行こうと心に決めていたのです。
そして先日、9月25日をもって高知にて無事お役目を果たした(と思われる)“田舎の河童”。川崎市市民ミュージアムでの延長開催の情報もあったので念の為旅館にも確認したのですが、「9月中に返却します」と朝日新聞社から連絡があったとの事。早速予約をして10月の連休に宿泊してきました。遠野以来2年ぶりの“河童にあう旅”、今回はどんな河童に出会えたのか、以下に旅行日記としてご紹介します。
10月8日(土) 東京くもり→福島あめのちはれ
生憎の天気となってしまった旅の出だし、東京はなんとか曇天を持ちこたえているという具合でした。上野発11時半というのんびりスタートです。行きは新潟をまわっていくためMaxときに乗って1時間半、浦佐にて上越線に乗りかえて20分、小出にて只見線に乗り込みました。この只見線というのがローカル線の鏡のような存在で、本数が少ないのもさることながら(この日向かう会津若松方面は4本)土曜は朝5時半の次の電車が13時という不可解なダイヤ…。5時半に乗れるわけがないので、どう頑張っても目的地に着くのは15時半以降となってしまうのです。車窓の景色がとても良いらしく写真家や鉄道好きに人気のある線であるという情報を得ていましたが、浦佐に着いた時点で既にドシャ降り。雨で景色はよく見えないしトンネルも多い為、うとうとしていたら目的の会津河口駅に到着していました。
全く人の出入りが無かったような気がするそれまでの駅に比べ、会津河口では降りた人が多かったと思います。集落があり民宿などもいくつかあるのでしょう。雨から逃げるように駅舎に駆け込むと、なんともいい味の雪国の駅。この先にはろくに物が買える店も無さそうとおもい、ペットボトルのお茶とチョコレート、プリッツバター味を購入しました。遠い地に降り立った少々の不安をモノで埋め合わせるマテリアル・ボーイ。そして、壁に貼ってある高橋ヒロシ先生のポスターに安心をおぼえます。10分程待つと恵比寿屋旅館の方がマイクロバスで迎えにきてくださいました。山道をびゅんびゅんと豆腐屋のようにかっとばしながら、現地の天気の話を少々。そしてまもなく到着。

部屋は野尻川という川に面していて、流れの音がずっと聴こえてきます。何故か部屋にはタヌキの置物(剥製??)が居ました。駄洒落で考えるとタマナシ温泉にタヌキとな??…素敵な先住者に挨拶を交わし、まずは水木先生の絵を見に行こうとお風呂に行ってみました。すると、絵が無い…。置物の河童や水木先生のサイン色紙はかざってあるのですが、絵がかかっているはずの場所に大水木しげる展のポスターがかけてあります。フロントに戻り若女将さんに確認してみると返却日は10/16だという事。返却予定日変更の連絡があり、その情報がスタッフに行き渡っていなかったのだそうです…。少し残念な気持ちになりましたが、絵は大水木展で一度見ているし、また来れば良いかと思いなおしてお風呂に入る事にしました。

お風呂は河童の湯です。お風呂の前にかけてある説明文によると、やはり野尻川には河童の伝説があり、それに因んで河童の湯と名づけたそうです。洪水を起こす河童を退治するために、遊行僧(弘法大師との説も)が川沿いの大石のいくつかに梵語で呪文を刻み付けたという伝説です。鉄分の酸化で赤く濁った湯に映り込む湯の花がなんとも河童のような色をみせている露天風呂に浸かり、眼下の野尻川を眺めました。いつの間にか雨は止んでいて、川の上流の山あいに沈みゆく夕陽。河童を感じるひととき。田舎の河童たちの凱旋より少々早まってしまいましたが、ここまで来てよかったなあと実感しました。そして、あったまった体でたそがれの野尻川を散歩したい気分にかられて思わずあがりましたが、この季節、足のはやい日暮れに先を越されてしまいました。
食事は場所柄、山菜、川魚、豆腐などが美味しく、“山の黒料理”と名づけられた黒い食材(黒ゴマ、黒米、黒豆、ひじきなど)を基調にしたメニューが食いきれない程に…。部屋のたぬきのように腹を膨らましてフロントを通りがかると、宿の若旦那が声をかけてくださいました。連絡の行き違いで絵が戻ってきていなかった事をわざわざ謝罪してくださったので、お湯と食事で既に満足なのでまた来ますと伝えました。そして水木先生の宿泊時のお話を聞く事が出来ました。今までに三度ほどご宿泊なさっているそうで荒俣先生とご一緒の時もあったそうな。江戸東京博物館の方が偶然この宿で“田舎の河童”の絵を見つけ、「是非大水木展に加えたい」と水木プロダクションに問い合わせたところ、水木先生は「そんな絵は知らない」と、お忘れになっていたらしくなかなか難しかったそうです。そして江戸東京博物館の方が野尻川の河童伝説について調査したドキュメントも見せて頂きました。野尻川には魔がっ淵(曲がり淵)と呼ばれている急カーブの難所があるらしくそこで溺れる人が多かったそうで、そこには大蛇か河童が住んでいるなんて信じられていたようです。( 参考 http://www.nichibun.ac.jp/YoukaiCard/1070517.shtml )また“田舎の河童”の絵は、この金山町に妖精美術館を開館させた井村君江先生が、水木先生にお願いして描いて頂いたものだと記してありました。
若旦那に感謝を述べてから部屋に戻り、河童の居る川の流れを耳にビールを飲み就寝。(二日目に続く。)▼
August 22, 2005
妖怪夏祭り

*「練馬区在住の身としては毎年恒例にせざるを得ない“妖怪夏祭り”ですが、今年も行ってきました。サンシャイン60展望台にて毎年開催されているイベント。字面は非常に楽しそうなかんじなのですが内容は…毎年同じ、というか今年は例年よりも薄くなっていたような…。(おそらく妖怪道五十三次が狭山にいっているため)
今回の目玉と思われる「のんのん人生展」の文字校正をしたら、キッズに混じってDVDコーナーへGO(毎年かかるDVDが違いますが今年は妖怪画談DVDでした)、あとは妖怪舎の物販コーナーを物色しましょう。それくらいでやる事は大体終わっちゃいます。まあそのなまけ加減も妖怪テイストかしら。

個人的な毎年の楽しみ方としては、展望台のカフェに“鬼太郎茶屋”のメニューが登場しているので、たそがれ時の街を見下ろしながら鬼太郎ビールで一杯やります。ぬりかべ黒ゴマプリン等の甘味を食べつつ一反木綿に乗った気分で。▼
August 22, 2005
小豆洗い (あずきあらい)
*「夏休み日記 8月15日(月)
先日の世界妖怪会議にて、全国和菓子協会のご好意で配布された小豆を食べようという事になり、洗っている図です。

小豆洗いの音とはこういう音なんだなあと耳を澄ましてみると、とても涼しげで良い音。小豆洗いの音といえば“しょきしょき…”が一般的ですが、字面も楽しい上に舌が欲しがる絶妙な表現であると改めて感じました。“小豆とごうか 人とって食おうか”なんて思わず歌いたくなるような音。楽しい。
その後は友人を招いて酒を飲みました。様々な酒を飲んだせいかある時点からの記憶が薄くなっていますが、折角友人が来てくれているのに早々と寝てしまったようです。なんとなく花火をした記憶など。なんとなく足の裏にくっついていた卵の賞味期限シールなど。
そして翌日、その小豆を煮て白玉に添えた小豆白玉をいただきました。『妖怪大戦争』の映画の中で小豆洗いが落としてしまった小豆を一粒一粒拾っていた姿が偲ばれる、ありがたいおいしさ。“小豆はからだにいい!”、二日酔いにも効くかな?なんて都合の良い事を思ってみたり。
夜、映画を回想しつつ読み途中だったアラマタ先生版『妖怪大戦争』と、買って読んでいなかった『水木版 妖怪大戦争』を読みました。アラマタ先生版は個人的にジュブナイルっぽさが気にかかってしまいどうにも読み進めずにいたのですが、中盤からはそれがあまり意識されぬ作りとなっており良心的なアラマタ先生印の文体が功を奏した良い本でした。映画では言い足りなかった感のある、川姫の背景もきちんと描写してあり奥行きをもたせた仕上がり。妖怪道への案内テキストとしてもとても有用な優等生本です。『水木版』はもうちょっとページ数が欲しかった気もしますが、水木先生の正統派冒険漫画は久々というような感じでワクワクできてとても面白かった!夏はやっぱり妖怪に限るナア。▼
August 19, 2005
水琴窟(すいきんくつ)
*「夏休み日記 8月12日(金)

”水琴窟”、ご存知の方も多いかもしれませんが、江戸時代の庭師が排水のついでに音を鳴らして楽しむために開発したというものです。地中に埋められたかめに水滴が落ち、その反響音を響かせるという仕組み。これがひんやりとしていてとても美しい妖怪の音でして、数年前に那須の蕎麦屋で聴いてとても気に入ってしまいました。その蕎麦屋は地中で発生した音をマイクで拾って店内に流していましたが、どうしても生で聴いてみたいと思い調べてみたところ奥多摩の鍾乳洞にあるという事がわかりました。それで2年前くらいに一度聴きに行ったのですが、また聴きたくなって今年の夏も奥多摩まで赴きました。
JR中央線をいつもとは違う方向にしばらく乗り、青梅線に乗り換えると段々と良い景色が広がってきます。山間にかかる霧が幽玄な雰囲気を漂わせ、いよいよ妖怪の音に遭えるゾという気持ちも高まってきます。奥多摩駅から目的地の日原鍾乳洞へはバスが出ていますが、土日はそれより少し手前までしか行ってくれないのと、本数が全然無い事に注意です。どちらかというと自動車で行くべき場所なのかもしれません。しかし、少ない本数のバスを待つ時間もまた楽しい。ちょっと道を外れて下っていくと冷たい川が流れています。大して歩いてもいないのに疲れた足を浸して一休みです。そしてバスがまた凄い道(細くて落ちそう)をガンガン登っていくのもなかなかの見所です。
バスを降りるともう山としか言いようの無い場所に出ます。そこから5分くらい歩くと日原鍾乳洞ですが、チケット売り場を中心に軽く“マヨイガ”を思わせるような妙な雰囲気が漂っています。なんというか空気の色と温度が一変するのです。全体的に青みがかった色と、きりっと冷たい空気…真夏なのに鍾乳洞の中に雪女が居るかのように白く冷たい風が吹いてきています。半袖の人ばかりなのですが、皆洞窟への潜入を躊躇うほどです。勢いをつけて洞窟に飛び込んで暫くは冬の気分を味わいます。しかし、割りとアップダウンがある洞窟内は歩いているうちに体があったまってきます。
目指す水琴窟はマッピングするまでも無く、すぐに現れます。立ち止まり耳を澄ますと聴こえてくる妖怪の音。ランダムなはずなのに、何かの意志がはたらいているような錯覚も覚えるニクいやつです。立て看板には以下の名文が記されています。
“一石山御岩屋の深い底から 聞こえる、幽玄なひびき ここに、水琴窟があります。 囁くような 慕うような 恋するような 喜ぶような 悲しむような 偲ぶような 諭すようなひびき。 その人その人の耳に心に、いろいろな ひびきが、妙なる音になって聞こえてきます。 この幽玄な響を、日原鍾乳洞ご来遊の思い出として下さい”
水琴窟を家に持ち帰りたい!という衝動にかられつつも、後続の観光客がやってくるので束の間の逢瀬を楽しみました。(こんなモノも出ているようです…)
ただ、洞窟内なんだから天然モノだろうとか勝手に思い込んでいたら、平成8年8月に設置されたと明記されていてちょっとショックでした…。しかも結構最近やんけ。。。

こういった観光地って、お約束的に地獄を連想させるネーミングがなされているのが常々フシギなのですが、日原鍾乳洞もその例に漏れず期待に応えています。三途の川やら賽の河原やら、血の池地獄やら、思わせぶりに石が積んであったり…そんなまったりムードも楽しめる素晴らしいスポットです。
しかし、そうやって甘く見ていると後半戦の“新洞”で痛い目を見ることに!この“新洞”、人によってはウィザードリーよりも難しく、戦慄迷宮よりも恐ろしい場所になります。どのように恐ろしいかはご想像にお任せしますが、僕なんかは割とひーひー言って脱出しましたヨ。
帰りのバスは夏休みということで臨時バスが出ていましたが、もしなかなか来なければおっちゃんに川魚を焼いてもらうも良し、夏休み小学生と交流するも良し、ド暑い夏に涼を求めるにはなかなか良いところです。東京からも日帰りで気軽に行けますし。オススメです。▼
August 13, 2005
豆腐小僧(とうふこぞう)
*「夏休み日記 8月11日(木)

平日に自由に動ける日というのは一年のうちあまり無いもので、平日ならではの事をしようと思い、日頃参加できない“神谷町オープンテラス”の店員をやりました。まさか自分が巻くとは!と思っていた腰から下だけのエプロンを巻き、店長のフリスク氏とカウンターに立ちました。
テラスで出しているメニューはアイスコーヒー、アイスティー、ウーロン茶、緑茶、等のドリンクに加え、前回の誰そ彼でも人気のあった甘味・わらび餅と、新登場の嶺岡豆腐です。甘味は浅草緑泉寺のお坊さんKAKUさんの手作りです。冷蔵庫に作りおきしてあるものを運び、試しに盛り付けてみると、冷えひえでかなりうまそう…取敢えず練習用だから、と戴きました。とてもおいしいです。
料金は設定しておらず、『お気持ちで結構です』と賽銭箱に入れていただきます。僕はわりとバックに徹して飲み物を入れたり洗い物をしたりして、接客は名物店長におまかせです。こういった“店番”的な仕事は僕はココナッツディスク以来で、店員・スタッフと称されるポジションのあの独特の気分が胸に蘇ってきました。
テラスは風が通り易いようで気温が高い今の時期でも不快感は無くリラックスできます。僕はサッチモのハワイアンやデビッド・バーンの近作をチョイスしてかけていましたが、本堂の中からは夏休みで集まった寺のお子さん&フレンズがかくれんぼで遊んでいる声なども聞こえてきて“夏休み”フィーリングをお手軽に味わえます。
テラス営業としてお茶や甘味をお出ししているのは11:00~14:00なので、あっという間に過ぎてしまいました。お盆ですから、と出稼ぎで千葉に向かう松本坊主の車に乗せてもらい四谷まで出て帰途につきました。普段と違う働き方のせいか、妙に疲れてしまいぐったり。
夜は近くの映画館でやっているT-REXの映画『Born to Boogie』を観に行こうと誘われ観に行きました。<<爆音ロードショー>>との事で、以前同じ映画館で観たNeil Youngの『greendale』のちょっと爆音が過ぎた想い出も重なりましたが、今回はそこまで音は出ておらず丁度良いボリューム。グラムギターの硬質な音塊を全身に浴び、それがまるで花火のようで夏の夜にあっていて気持ちよかったです。そしてマーク・ボランはとても男前で、何よりも歌がとても上手いと感じました(ラストの『Get It On』は歌はちょっとイマイチでしたが…)。エルトン・ジョン、リンゴ・スターとのセッションも凄まじく痛快です。
Let all the children boogie!▼
August 02, 2005
葛葉ライドウ(仮)
*「久々に女神転生ポータルを覗いたら、ナント新作の告知が。全然気付かなかったけど、もう1ヶ月位前から発表になっていたようです。葛葉ということでやはりデビルサマナーの流れのお話ですが、元祖デビルサマナーもPSPにも移植されるみたいだし、10周年を迎えいつのまにか盛り上がってきて嬉しいなあ。
舞台は大正時代の日本という事で、妖怪たちの活躍が期待されます。スクリーンショットを見る限りでは、イッポンダタラを従えてオニと戦うシーンとか、オバリヨンに何かを報告するシーンなどがあるし。モコイなんかも見えるから日本の仲魔限定では無いようですが。
とりあえずサマナーやるためにPSP買おっかな。▼
[葛葉ライドウ公式HP]
http://www.atlus.co.jp/cs/game/pstation2/summoner/index.html
July 26, 2005
第十回世界妖怪会議
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*「数日前のかはたれ時、我が家の妖怪ポストに届いた一枚の招待状に導かれ、日曜日は中野サンプラザへと赴きました。到達するとそこには百鬼夜行、もとい百鬼を待ちわびる行列が既にずらり…第十回世界妖怪会議です。
四国の離島から参戦の風眠庵こと加藤円正さんと合流し、僕らも行列に加わります。待っている間も加藤さんに件(クダン)の剥製の写真を見せて頂きつつ妖怪雑談…。寸分の隙も無い濃密な妖怪日のはじまりです。
開場早々、鳥山石燕の河童がプリントされたTシャツを購入し、前から参列目というなかなか良いポジションも得ました。客席が埋まってくると何故か徐々に緊張感が高まります。
最初に登場なさったのは京極夏彦先生。初の生京極先生に感動し、水木展での講演会以来の荒俣象先生のお姿に何故か安心感を憶えてみたり。そして多田克己先生や宮部みゆき先生、三池崇監督らがお一人ずつ登場してきてどんどん賑やかになっていくステージ、話題は間も無く公開の映画『妖怪大戦争』についてです。製作に纏わる様々なエピソードや、軽妙なる京極・荒俣両先生のトークに心も弾んできます。そんな、京極先生采配の秩序だった進行も突然の太鼓の音で打ち破られます。
『妖怪大戦争』劇中の妖怪祭りで使用されているBGMの中、観客側の左右の扉から妖怪が踊りながら列になって登場してきます。そのミニ百鬼夜行に紛れている生身の(着ぐるみでない)妖怪が一人、ついに水木しげる大先生のご登場です!
割れるような歓声のなか照明に照らされ手を振りつつ歩を進めるお姿はなかなか元気そうに見え、とてもかっこいい。「ちょっとそこまでのつもりだったが、こんなに人が集まっていて、よくわからなくて驚いている」とのお言葉に会場は大いに沸きます。僕はその妖怪的空気によって、年始に加藤さんと行なった大先生へのインタビューの時の気持ちが鮮明に蘇ってきました。兎に角何か喋っていただくために、荒俣先生はツボを心得ていらっしゃるようで、戦争の話やクソの話をふります。戦争の時のことは記憶によく残っていらっしゃるようで、そういえば僕らのインタビューも戦争の話題から随分と広がっていきました。しかし、よくインタビューらしいものにまとめられたなあと、今振り返ってみてとても不思議に思えてきました。
クソの話も水木大先生は得意で、「妖怪は下品なものである」という妖怪の大前提を体言なさっていらっしゃいます。
映画『妖怪大戦争』主演の神木隆之介君とヒロインの川姫が登場して舞台は一気に華やかになります。神木君ファンの女子高生から黄色い声援が飛び交う中、水木大先生の視線は川姫役の高橋真唯さんに釘付け…、ここで「妖怪はスケベである」という定説も付け加えておきましょう。
そして、例の地震が発生。天井に照明が多い場所だけに少し怖かったですが、妖怪のご加護か特にパニックにもならずにおさまりました。会場がホッとした瞬間に水木大先生がポツリ「地震だったのか…」、すばらしいタイミングです。
この辺で会議はお開き、マスコミの撮影と休憩時間を挟み後編は『妖怪大戦争』の試写会という盛りだくさんな内容です。
『妖怪大戦争』は妖怪好きにはタマラン映画です。「妖怪とは何ぞや?」を2時間で感ぜられる幸せな映画です。そして何よりも妖怪への愛で満ちています。妖怪への愛とは、イコール水木大先生への愛であります。上映前に三池監督が“妖怪が登場するまでは映画の体裁をとっているが、妖怪が登場すると一変してしまう”とおっしゃっていましたが、妖怪会議の前半部分でも既に水木大先生の登場で秩序だてた進行が無に帰した点にこの映画の縮図が表れていました。
帰りには全国和菓子協会さんより小豆とあずき茶がお土産に配られました。妖怪の幸せな力が充満していた第十回会議と『妖怪大戦争』、なにしろ妖怪が好きで良かった!とこんなに当たり前に実感した事が嬉しく、そしてとてもビールの旨い日でした。▼
June 19, 2005
私も京極堂…
*「懸賞があたりました。京極夏彦『姑獲鳥の夏』映画公開を記念したキャンペーンで、映画の前売り券と分冊文庫版『姑獲鳥の夏』についている応募券二枚一口応募で300名様にプレゼントという看板です。映画では堤真一が演ずる中善寺秋彦がやっている古書店の看板なんです。ミニチュアサイズだし、本を読んだこと無い人にとってはなんでも無いシロモノです…。本の中では“主人自らが書いた、達筆なのか下手なのか能く判らない額”と、描写されていましたが、こんな感じなんですね。
風眠庵・加藤さんもあたったらしく、同じように写真を撮ってみました。▼
June 07, 2005
長野天狗
*「今日は仕事で長野に行きました。長野新幹線に乗り込み、旅立ちの音楽は『はらいそ』。3月にでたデジタルリマスターを今更買ってみましたが、かなり具合が良いです。
小松和彦先生の『新編・鬼の玉手箱』(外部性の民俗学)を読みながら、この旅の行く先がフィールドワークであったらなあと物部村やミクロネシアに出かける若き日の先生の姿を羨ましく思いました。
長野に着き、長野電鉄に乗り換え善光寺下駅へ。善光寺下、ということはこの上にきっと善光寺が、と坂を見上げつつも仕事に向かう悔しさよ。18時まで打合せをして、19時から長野駅近くのお店『おたる』でおいしい食事とお酒。何故か長野に『おたる』。
「そろそろ新幹線終わるかも」とのことでやや急ぎ足で駅に向かう途中、「善光寺といったら七味だ。」という社長の薦めにて名物ごま七味を買おうと入ったお店にて遭遇!ムカづらの長野天狗。今回の戦利品です。

帰りの音楽は"Stereolab/Margerine Eclipse"、最近のリリースは聴いていなかったのですが、おすすめを受けて聴いてみたら、これが良い。夜の新幹線にはぴったりでした。▼
May 27, 2005
妖怪の棲み処 ロシア編~ノルシュテイン
*「今日は会社帰りに阿佐ヶ谷ラピュタにて『ユーリー・ノルシュテインの世界』をみてきました。以前おすすめされていくつかビデオで観たのですが、やはり映画館で見ると"色がきれい"、"音がよい"ので大変感動しました。
「アオサギとツル」という作品は雨がとても気持ち良く、反復の内容も天候や季節の変化で飽きさせないつくり。特に花火のシーンは必見です。
そしてなんといってもおすすめなのが「話の話」。シリアスなテーマで暗い作品ながらも、へんてこな顔の狼と不思議な子守唄で世界に引きずり込まれていきます。
画面上の効果からノルシュテインがなんとも情緒に溢れた人物であることが知れます。不安で暗い映像の中にもどこか親しみを見出せて、何故かとてもしっとりと落ち着きます。
ノルシュテインの作風は幻想的なものも多いですが、空想上の生き物等は特に登場しません。ハリネズミやオオカミやワニや犬などお馴染みの動物たちが主にでてきます。なのになんとも妖怪感が出ているのは何故でしょう?それはおそらく妖怪の雰囲気だと思います。「霧の中のハリネズミ」ではハリネズミが夕霧に迷うシーンがあります。視界の遮られた状態からぬぼっと何かが登場してくる、その登場の表現がとても妖怪っぽい。僕はその感じに対してノスタルジーを憶え、このロシアの映像詩人に親しみを感じるようです。
聞くところによると彼は俳句を愛し、毎日氷をハンマーで割って寒中水泳をするような風流な人物らしいです。ロシアの自然に妖怪の風情を見出していてもおかしくないと思います。その感じが画面のあちこちに出ています。最近ケーブルのカートゥーンチャンネルでムーミンのパペットアニメーションを観ていますが、北欧生まれのムーミンにも同じようななんとも落ち着く情緒のようなものを感じます。やはり寒い国だと静かな、しんしんとしたイメージがあります。静かな世界をよく知っていて、そのこわさやうつくしさや温度感を大切におもう人が多いような気がします。日本にも冬があるし。僕は妖怪の活躍する夏が大好きですが、ノルシュテインの世界やムーミン谷の冬を想うと、日本の冬も寒がるだけではなくその静けさをもっとたのしもうという気になってきたような…。
あと、阿佐ヶ谷ラピュタはよくできていて、その雰囲気で帰り道にも映画の気分をひきずっていけるところがとても良いと思いました。▼
March 29, 2005
鬼太郎とねずみ男に遭遇
*「スパムコメントがエライことなってます…数日ほっといただけで4000通以上。もう消したりシンドい…。
一昨日、深大寺参り~鬼太郎茶屋に行ってきました。
深大寺へは吉祥寺からバスが出ているので、引っ越したおかげで近くなったのが嬉しかったのと、昨年から誕生日近辺には深大寺にお参りする事に決めていたので恒例行事として。
さて、バスを降りて深大寺近辺を歩いていると、アレは!
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…鬼太郎とねずみ男が居ました。
流石は調布市、水木先生のお膝元!と興奮気味に撮影。
じんだいフェスタという一帯のお祭りイベントの中の、FC東京のファンイベントのお手伝いというなんとも地味な役回りの露出でした…。偶然出会えたので嬉しかったけど、イベント後に参道を練り歩いて写真撮影を呼びかけていても応じる人はチラホラ。鬼太郎の髪の毛もウェービーで妖気が感じられず、なんとも言えないわびしい気持ちになってしまいました。もしFC東京と鳥取のチームが戦うことになったらどっちにつくんだろう?
やはり、盛り上がっているのは聖地・境港のほうでしょうか?以前ここにも書いたスポンサー募集にすぐに応募があったようですねえ。以下転載。
『“妖怪通り”完結へ 鳥取・境港、4月に100体』
「ゲゲゲの鬼太郎」で知られる漫画家水木しげるさんの出身地、鳥取県境港市の「水木しげるロード」で29日、「枕返し」や「サラリーマン山田」など新たに妖怪のブロンズ像16体を設置する工事が始まった。設置済みの84体と合わせ、4月中旬にはJR境港駅から水木しげる記念館まで約800メートルに、水木作品でおなじみの100の妖怪が勢ぞろいする。
境港市は「100体」を目指していたが、財政難のため、同市観光協会などが昨年10月から1体100万円でスポンサーを募集。年間2、3体の予想を超える申し込みが個人や企業から相次ぎ、一気に実現した。 (共同通信) - 3月29日16時54分更新
スポンサーはどんな企業が集まったのか気になるところですネエ。個人で妖怪にその額を投資というのも羨ましい。妖怪はやっぱりびんぼうなんだなあ。
じんだいフェスタは今度の日曜には鬼太郎バスが走るようです。それはちょっと乗りたい。無料だそうなので近隣の妖怪達も利用しているかも。興味のある方は是非。▼
March 01, 2005
水木大先生との対話
*「1月におこなった水木しげる大先生へのインタビュー記事が掲載された、『浄土真宗 唯 Vol.4』の配布が始まっています。風眠庵の加藤さんと共にガチガチに緊張して行ったインタビューを二人でまとめました。
この雑誌の記事にはいれられませんでしたが、水木大先生が戦地に赴いた際に選んで持っていかれたという『ゲーテとの対話』の話をお聞きしました。その時、水木大先生が「アンタここから帰ったら早速買って読まれたらいいですよ。ためになるから。成功すっかもわからん。」と、おっしゃっていたので、大先生の言いつけは守らねば!と、加藤さんと共に早速帰り道に購入しました。タイトル通り、エッカーマンがゲーテとの事を思い出しながらその凄さを綴った『ゲーテとの対話』ですが、この記事をまとめる仕事は実にエッカーマンの心境でした。正にゲゲゲとの対話!「妖怪という言葉がたくさん出て来過ぎです。削りましょうか。」なんて、僕らには大変心苦しい編集過程を経てまとめあげた文章です。是非皆さんにご一読頂きたいです。入手方法はお坊さんである加藤さんのblogに詳しく載っています。▼
January 14, 2005
水木しげる大先生に会った!
*「ついに、水木しげる大先生にお会いしてしまいました!
浄土真宗の仏教雑誌『唯』の取材陣に妖怪ライターとして加えてもらったといういきさつです。
まだ自分の中で全然整理がついておらず、あの感じをなんと表現したらいいのかわからないのですが、とにかく塗壁のように大きなお方で、僕なんかでは進もうとしても進めないもどかしさがずっとありました。正に妖怪に遭遇してしまったという感じです。そしてまったく漫画の鬼太郎のような痛快さも持ち合わせていらっしゃいます。
今は色々な意味を込めて「フハッ!」としか言いようの無い具合です。▼
December 26, 2004
百鬼巡礼 第二夜 [言霊考]
*「さあ、たそがれ時。化け物の話を一つ、存分にしてみましょう。
(busse posse issue 04/12/25号掲載)
【言霊】:(コトダマは)近世になって国学者たちが語学関係でよく用いるまでは、あまり使用されていなかった。(中略)コトダマはふつう「言霊」と書かれて、それが「言葉の精霊」を意味するものだろうというくらいである。そして、そんなものは昔の人の迷信だったとしか思われていない。それをとりたてるのは、よっぽど「もの好き」の部類かもしれない。
(豊田国夫著『日本人の言霊思想』より)
…さて、毎回妖怪を紹介しているこのコラムですが、“それで【コトダマ】とはどういうことだ?”と、いわれてしまいそうです。確かに【コトダマ】なんていう妖怪は、何処の妖怪の本を見ても登場しません。しかし、【コトダマ】は妖怪の秘密に迫る為には重要なキーワードなのです。
【コトダマ】とは【言霊】、つまり言葉に霊が宿るという思想で、アニミズム(精霊信仰)に由来するものといえます。この、古代人のあらゆるものに精霊が宿るという信仰の名残からやってきた妖怪というのはたくさん居ます。いわゆる付喪神というやつです。器物も百年使えば霊を宿す、化け傘や鳴釜などの妖怪達がそれに該当します。その、霊が言葉に宿るという【言霊思想】も、広【言霊】にも様々な形態がありますが「名実一体」、名に宿る言葉の精霊感というのは捉えやすいのではないでしょうか?古く中国でも「名は体に応じ、体は名に応ず」などと言われたようですし、仏教の唯識論でも「名は自性を詮にす」といって、この思想を説いているようです。妖怪には、ネーミングがわかり易く「まんまじゃん」なんて言われがちな奴もいますが、そこがかわいらしく愛嬌に繋がっているかと思います。例えば「あかなめ」はその名の通りお風呂の垢を舐める妖怪ですし、「豆腐小僧」は豆腐を持った小僧タイプの妖怪です。他にも「枕返し」や「足長手長」など、行為や物理的特徴が名前になっていますが、そのどれもが“ちょっとウザい”くらいで可愛いげがあってつい興味をもってしまいます。最近まで名前しかなくって水木しげるさんが形を与えた妖怪なども沢山いるはずです。こういった、愛すべき名前=即オチ妖怪達も見方を変えれば言霊の一種です。何らかの、説明できないモノ・コトに名前をつけて精霊を宿したというわけです。
December 14, 2004
貧乏神 (びんぼうがみ)
*「妖怪というものは貧しくても楽しい、物質的に満たされていなくても楽しめる娯楽の一つだと思います。暗闇など、判断し難い何かさえあれば、頭の中の情報で補完する事が楽しいものですし、究極的には強引に見るものだと荒俣宏先生もおっしゃっていました。ただ、今この世でそれを本当に実現できているのは、生みの親である水木しげるさんのみと言っても過言ではないかもしれません。

並の妖怪好きをサンプルに採るならば、所謂趣味一般にかかる費用の平均値をとったとしても中の下、もしくはそれ以下くらいにランクされますでしょうか。研究者やコレクターレベルの別格を除けば、そこまでお金のかかる趣味だとも思えません。同じファンなら妖怪ファンよりジャニーズファン、同じ馬鹿なら妖怪馬鹿よりブランド馬鹿のほうが圧倒的に出費は多いでしょう。まあそれも本人のやり方次第だともいえますが、知識欲を満たすには最近では数多くの良くまとめられた本が出ていますし、グッズ欲にしたって気に入ったものを選んで買ってるくらいならば家計を苦しめるまでには至らない程度となるでしょう。
例えば、現在東京にきている“Oh!水木しげる展”等は妖怪好きにとっては何年に一度くるかわからない、もしかしたら有史以来初めてかもしれない規模のお祭り騒ぎ。その物販コーナーでは、鬼太郎グッズといえば、な「やのまん」※1 がカラーの立派な通販カタログを配布して普段は微塵も見せない商魂を露にします。対する鳥取のROAD OF THE 霊毛ちゃんちゃんこことゴブリンハウス妖怪舎※2 も鬼太郎茶屋を抜け出してレジを構えます。そんな鼠猫同舟ともいえる状況の中で思わず緩んだ僕の財布でさえ、福沢諭吉一枚放出には達しない程度です。

そんな、まだまだ続くお祭り騒ぎの中で2万枚限定のパスネット発売という妖怪的物欲を刺激する情報があり、こいつは正に仕込み刀の切れ味ぞと勇んで発売日の朝早くに自宅近くの都営大江戸線光が丘駅に駆けつけました。パジャマ同然の妖怪スタイルですが、僕としては行列覚悟の意気込みでした。しかし…想像していた特設販売ブース(たまに夏休みフリーパスとか駅員さんが販売している感じのやつ)などその影さえも見つけることができず、ああ妖怪だから真夜中発売?なんて思いながらパスネットの自販機を見ると何事もなかったように電車の絵や路線図がついてるデフォルトデザインのカードの横に水木デザインのカードがディスプレイ…。土曜の朝の地下鉄の駅なんて六本木から落ちてきた落ち武者の如きギャルの屍が転がるばかり(妖怪名:ボディコニアン)、並んでる人なんて一人もいやしない。しかも、機械故障か「販売中止」のランプが点灯しています。この寂れ具合こそ妖怪なりと思いつつ、それでもまだちょっとドキドキしながら駅員さんに
遠「パスネット買いたいんですけど機械が壊れているみたいで」
駅「どのカードですか?こちらで販売できますよ」
遠「せ、千円の、み、水木しげるサンのやつ二枚ください(ドキドキ」
駅「ああ、ちょっとまってください」
遠「(ドキドキ)」
駅「今機械直したのでそっちで買ってください」
…結局、普通に機械から購入するハメになり、裸のカードを二枚握り締めて帰途の自転車をこぎました。うれしいような、さみしいような。限定カードをGETしたというのになんだか寂しさの残るこの感じ。荒俣先生の講演会も二時間前に駆けつけてサイン本も手にしたというのに、あまりの周囲のファンの脱力ぶりにこれと同じ気持ちを味わったのを思い出しました。土曜日の朝、そんな僕に響いた水木大先生の有名な金言、「なまけものになりなさい」うーん、ロード・オブ・ミズキはまだまだ遠き道のり。

そして最近の妖怪出費として是非紹介したいのが、『平成17年度版必携妖怪暦』です。季刊の妖怪誌「怪」の別冊として出版されたこの手帖は正に“妖怪好きの使う手帖”、そのニッチぶりが最早目玉の親父のお風呂サイズです。何が素晴しいって予定書き込み部のページ全てに水木大先生の名言が書かれている点です。同じゲゲゲ好きの友人に言わせれば「すごいね、これがあるだけで毎日生きていけるね」…同感です。どうせ妖怪なんて暇なんだから予定書き込みのスペースなんて狭くていいんです。その分妖怪的な祭礼がデフォルトで書き込んである方がよっぽど実用的です。そして妖怪用語ミニ事典、フィールドワークや文献読書に活用できる度量衡や旧国名地図・方位と時刻などの早見資料。妖怪関係史年表では、
593年 聖徳太子が摂政になる
905年 宮中に鵺が現れる
1922年 3月8日、大阪にて武良茂(水木しげる)が誕生する
がフラットに並んでいる美しさ。鎌倉幕府開府と水木ロード完成が同じくらいの扱いというケッコウな年表です。更に、元号一覧、天皇一覧、にそれらの対応表まで付くという至れり尽くせり。ラストには妖怪探索心得やフィールドワーク時の服装まで掲載されていてなんだか小学校時代の遠足のしおりをおもわせる作りです。そうしたら矢張り奥付に協力:村上健司氏の名がありました。『妖怪ウォーカー』の彼を思わせる仕事や心遣いが随所に見て取れます。

↑表紙を外した雄姿、右隣は間も無く役目を終える平成16年度本願寺手帖
てな具合の僕の妖怪消費生活ですが、荒俣先生が言う所では妖怪研究家は貧乏だが肥えた人が多いとの事。…妖怪で食うにはまだまだ市場が狭過ぎる。研究ともなればそれなりのお金がかかるし、わざわざお金を出して研究をさせてくれる懐の広い大学も無いのでしょう。それでも何故か肥えた人が多いというのは見ての通りとしか言い様が無いですが…。たくさん食べなきゃ辛いはずなのに、妖怪が好きだから妖怪研究を続けられるというのはやはり妖怪の魅力の成せる技でしょう。いつか夜間の妖怪大学(にんげん用)ができればいいですね。
今日のニュースで水木さんの妖怪100体構想を実現する為に境港市がスポンサーを募集し始めたようです。やっぱり妖怪はびんぼうだ。しかし、境港市が急いでるのが気になりますね…。
最後に『平成17年度版必携妖怪暦』に収録された水木大先生の金言を引用させていただき締め括りましょう。
● 「善良な人に好んで入りたがるのが貧乏神の特徴です」
…うーん、恐るべし妖怪ロジック。
November 29, 2004
大(Oh!)水木しげる展 (前編)

*「昨日はアリャマタコリャマタ先生こと荒俣宏先生の講演会があったので、江戸東京博物館で開催されている大水木しげる展に遂に行ってきました。
13時半会場先着順400名までという講演会。これは朝から大行列だろうと思い、11時に両国に到着、すると一人も並んでるヤツなんて居ませんでした…。取敢えずお昼ご飯を食べて、鬼太郎プリクラを撮ったり、こんなものを作ったりして時間を潰し、50分前くらいになると漸く人が並び始めました。
勿論ポールポジションを陣取り、早起きのツケと戦っていると荒俣先生登場。思ったより頭髪が寂しくいらっしゃられ、そして思ったよりお太くあられる…。水木大先生に“アラマタ象”と称される程の事はあります。
まずの話題は例の角川大映スタジオ火災事件から。来夏公開の『妖怪大戦争』の準備一式が燃えてしまい、祟りだナンダの話もあったそうですが、結局は電気系統のトラブルだったと判明したそうです。1月までに準備し直して何が何でも来夏公開を目指すそうです。その映画の監督を務める三池崇史監督に“妖怪とは何か?”を説明するのに大変苦労したが(三池監督は、大映だしと特撮モノを作るのだと思っていた)水木大先生に1時間会わせたら一発で理解してくれた。というイイ話に始まり、兎に角水木大先生(=妖怪)にまつわるイイ話のオンパレードでした。
『世界痛快妖怪航海記』とカイが4つ続くこの講演会は先日出版された荒俣先生の本『水木しげると行く妖怪極楽探検隊』をベースにしたものでした。[妖怪に会う・見る] 為に二人は世界を旅しました。例えばジャングルの奥地で行われているお祭りや、ヨーロッパの貴族が作った庭園等に、妖怪を[発見]しに行くのです。西洋人は発明が得意で日本人は発見が得意である、というのは妖怪の分野でも言い得ていて、水木大先生は正に発見の名人。15c~16cの西洋人が大枚費やして制作した怪奇趣味の庭園を見て「よく作るね西洋人は、私達は見つければいいだけだ」と嬉しそうに言うそうです。
例えば多田克己さんの本のように、色々な土地の話の中に妖怪を発見したり、古今東西の文献上に現れる妖怪達を捉えるような妖怪研究が一つの基準となっていると思いますが、妖怪の生みの親である水木しげる大先生のやり方はもっと直感的。精霊と暮らしているような部族の祭りに入って音を聴き、自分も踊ったり、自然が作り出した不思議な形の岩を見たり、それをカメラで撮って集めたり、そしてその写真を自らの絵に起こす事で、寧ろ妖怪を作り出してしまうのです。
こういった、水木大先生が妖怪を探しに行く場所・妖怪に会える場所というのは理路整然とした秩序だった場所では無く、入り組んだ樹々が茂るジャングルや、グロテスクな模様や石像のある怪奇庭園のような混沌とした場所でなければ駄目なのです。色々なものを見つけ出すことの出来る造型、幾様にも解釈ができるおぼろげで曖昧な場所こそ妖怪が住める場所なのです。だから少し前に流行ったようなミニマルなんてもってのほかです。両義的な世界にこそ自分を解放する鍵があると思います。「この世界をグロテスク模様として見れば、不幸も幸になれる。」これは自分の“愉快な世界”をアウトプットなさって影響を及ぼしている、水木大先生言う所の幸福病感染者を増やし続けている保菌者の大先生ならではの思想だと思います。先ほど述べた妖怪研究者の多田克己さんもこの幸福菌の感染者ですが、彼は所謂怪獣マニアが昂じて妖怪馬鹿になってしまったと述べています。円谷プロの怪獣の造型は正にグロテスクそのもの。荒俣先生もしきりに使っていた“グロテスク”は矢張り重要なキーワードなのです。 (後編へ続く)▼
November 29, 2004
大(Oh!)水木しげる展 (後編)

*「(~前編より) さて、そんな水木菌に溢れた幸せな展示『大水木しげる展』のほうは、保菌者の荒俣さんと京極夏彦さんの共同プロデュースなだけあって、感染者の僕達にとっては「ニヤリ」と「オッ」の連続でした。数ある自伝作品の冒頭のエピソードとして有名な『新聞題字集』と『世界地理人口表』のホンモノには感動しました!(水木大先生の子供の頃からの執念深い蒐集癖によるトンデモアーカイブ)そして、鬼太郎の漫画に登場した時一度は食べてみたいと子供心に願った『人魂の天ぷら』や、アニメで見てその妙に唸った攻撃方法『ぬりかべのコテ』等、漫画に登場した種々のアイテムのレプリカを作ってしまう辺りは、デザイナーで屈指の水木蒐集家である京極先生らしい発想(彼の所蔵品もいくつか出展されています)。展示を見る前に聞けた荒俣先生の話を踏まえると様々な発見がありました。イタリアのボマルツォの怪物庭園の大口を開けた怪物洞窟の顔がそのまま登場しているシーン(地獄流し)があったり、例の妖怪感度の訓練か、幼少の頃から境港の自然に妖怪を見ていた事等…。ちなみに前日にNHKの再放送で見たのですが、シュールレアリスムのサルバドール・ダリも地中海に面したカダケスやフィゲーラス周辺の岩にインスピレーションを受けていたそうです。水木大先生もダリ劇場美術館ばりの水木ランドを作ってほしいものです。やはりミズキーマウスはねずみ男なのでしょうか??
そんな水木ランドの良質なテキストにも位置するであろうこの偉業『大水木しげる展』、江戸時代の化け物絵巻や百鬼夜行絵巻、稲生物怪録や暁斎までも集められています。確かに妖怪の本によく出てくる資料だし、僕も初めて実物を見て興奮したものもあったのですが、何だかこの展示の文脈からは浮いてるなと思ってしまいました。こんなものまで集めてきて凄いネエ位の感想しか持てなかった。現にその場所だけぽっかりと人がまばらになってしまっていたし、あの京極先生や荒俣先生がこんな寂しい場所を作るはずない、と思っていました。すると矢張りそれらの妖怪資料は主催の朝日新聞が集めてきていて、[展示する事が決まっていた] のだそうです。図説で京極先生がその苦労を語っています。しかし、そこから先の後半のゾーンでは水木大先生を技術面からアプローチしたり(福島の温泉から持ってきた珍しい河童の水彩画が凄く良かった)、水木コレクションのお面やフォークアートの数々や、大先生が世界で撮ってきた写真など、水木妖怪の生まれる前(まで)を遡る感覚が体験できて非常に面白かったです。なかでもセノイ族の精霊像の洗練されたグロテスク、シンプルな線で織り成す両義性に「オッ」とさせられました。
やはり妖怪は無理矢理みるもの。僕が去年の秋に遠野に河童発見の旅行をした時も、そういった意味で沢山の妖怪に会いました。肝試しとはシチュエーションや、背景の情報量が違うだけで本質は似ているなと改めて確認しました(つまり妖怪探検は二人以上で行くべき)
水木大先生が、妖怪を無理矢理見るために蒐集してしまったアーカイブ、妖怪を作る事になってしまった経緯(ニワトリタマゴですが)、出会った妖怪をアウトプットするための技術、などなど全て網羅していて正に集大成的で、しかもその集大成を編纂したのが水木菌に感染してしまった人達であるというのも素晴しいです。水木大先生に会う事が“妖怪を知る”のに一番の近道だとすれば、この展示はその次に近い道だと思います。▼

October 26, 2004
妖怪電柱
*「調布の天神通り商店街の入り口の柱はこんなにかっこいいんです。水木しげるOh!先生が40年間住まわれていて、水木プロの仕事場ともなっている調布は、鳥取県境港市に次ぐ妖怪シティーと化しています。道なりには、数は少ないですが境港の妖怪ロードばりに鬼太郎やねずみ男のオブジェが飾っています。所謂街の普通のお寿司屋さんに入ってみても、鬼太郎の人形が祀ってあるという妖怪好きなら嬉しくなってしまう暮らしが展開されています。現在[修理中]と称して猫娘と子泣き爺がどこかに連れ去られているのですが(妖怪病院?)、それを商店街のおばちゃんが「心配だねぇ」と話していたり、どうも妖気で街が明るくなっているようです。
天神通りの名の通り、商店街を抜けると、調布町総鎮守布田天神社があります。菅原道真公が配祀されているこの場所も、休日にはゆる~い骨董市やオークションが開催されていたり、なんだか顎の辺りがとてもステキな牛が居たりとオススメ妖気スポットです。
調布駅からバスに揺られて10分程の深大寺周辺も深い緑に囲まれていて誰そ彼時にはまだまだ妖怪が登場しそうな雰囲気です。有名な深大寺そばや、湯気をたてている饅頭や団子など、つい小銭を払ってしまう旨いものも盛り沢山。そして昨年、つぶれそうだった茶屋を水木先生が買い取って造った[鬼太郎茶屋]もあります。今は丁度一周年で記念に新しいメニューも追加されているようです。手作り感がとてもアットホームで微笑ましい鬼太郎ギャラリーも、行く度に少しずつモノが増えてきて段々と立派になってきていて楽しいです。▼
September 27, 2004
誰そ彼草
*「お寺の音楽会『誰そ彼 vol.4』用に作成した、光明寺仏教青年会によるフリーペーパー"busse posse issue"に書いた原稿。[誰そ彼草]という、イベントのタイトルの由来となる妖怪に関するお話。
【誰そ彼草】

誰そ彼、という言葉をみなさんはご存知でしたでしょうか?
「たそがれ」と読みますが、今日では「黄昏」という漢字をあてる方が一般的ですよね。民俗学者としても名高い柳田國男先生の『妖怪談義』に“古い日本語で黄昏をカハタレといい、もしくはタソガレドキといっていたのはともに「彼は誰」「誰ぞ彼」の固定化した形であって、それも唯単なる言葉の面白味以上に、もとは化け物に対する警戒の意を含んでいたように思う”とあります。つまり「彼は誰?」「誰ぞ彼?」と疑いたくなってしまうような、人の顔も判別し難い時分を指しているという意味です。また、同書には“黄昏を雀色時(すずめいろどき)ということは、誰が言い始めたか知らぬが、日本人でなければこしらえられぬ新語であった”ともあります。僕は黄昏を雀色時というなんて初耳でしたが、雀の羽根の色なんて誰でも知っていること。でも、それらの色が似ているから雀色時といったのではなく、雀の羽根の色を言葉で表そうとするとだんだんにぼんやりしてくる、その曖昧な感じが夕方の心持ちに似ているからなのだそうです。昼と夜、どちらともつかぬあの感じです。
お寺の音楽会のタイトルとしてこの言葉を選んだのは、会の行われる時間帯を示した“日本人でなければこしらえられぬ”言葉であったからです。では何故、お寺の音楽会のタイトルを妖怪の本から引いたのかというと、夕暮れから夜にかけてのお寺の雰囲気はなんともお化けの登場を期待してしまうということもあるのですが、『ゲゲゲの鬼太郎』で有名な水木しげるサンは“妖怪は音である”とおっしゃっているのです。妖怪のなりたちには様々な理由があります。信仰や伝説等のおおきな事象から生み出された妖怪も居れば、個人的な体験が口承で共感を呼び、小規模な共同体レベルで機能し始め、それぞれが各地で交わりあって誕生したような妖怪も居ます。そういった[要素]が複雑に絡まりあい、一体一体がキャラクターを得るに至ったもの、それが現在僕らがよく知っている【河童】であったり【天狗】であったりなのです。その[要素]として、[音]は実によく挙げられます。怪音・奇音、現代の都市部で生活している私たちは機械の音ばかりで出所の全くわからぬ音を聴くのは少ないと思います。しかし、それが昔のもの寂しい山村であったらどうでしょう?未知の領域に圧力を感じながら暗闇を歩いていれば、なんだかよくわからぬ音がたくさん聴こえてきてしまってもおかしくない状況はやってきます。例えば、山道を歩いていて川の方から聴こえてくる「ショキショキショキ…」という音は【小豆洗い】という妖怪が小豆を洗っているのだ、という説明がなされました。[やまびこ]という自然現象は【幽谷響(やまひこ)】という妖怪として、鳥山石燕という江戸時代の画家により姿を与えられています。よくわからない状況・現象の説明として妖怪が機能していた事は、今よりも灯りの少ない時代にはよくあったのです。
都会だけれどもぽっかりと静かな時間が横たわっているお寺という場所をお借りして音楽会を開くのであれば、そういった怪音・奇音を感じる為の空間を作り出したいという想いで誰そ彼と名付けました。▼
September 27, 2004
百鬼巡礼 第一夜 [びろーんの巻]
*「お寺の音楽会『誰そ彼 vol.4』用に作成した、光明寺仏教青年会によるフリーペーパー"busse posse issue"に書いた原稿。百鬼巡礼という、お寺に関連のありそうな妖怪を紹介するコーナー。
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百鬼巡礼 第一夜
今回はお寺の音楽会という事で、妖怪【びろーん】を紹介しようと思います。
【びろーん】:別名ぬりぼとけ、全身がこんにゃくのようにぶよぶよしていて、しっぽで人の顔や首をなでる。びろびろびろーんという呪文を唱えて、仏様に化けようとして失敗したという。塩をかけると消えるらしい。(『いちばんくわしい日本妖怪図鑑』より)
…さて、妖怪を紹介しましょうと言って【びろーん】とは人をなめているのかと、言われてしまいそうですね。実際問題この妖怪、つっこみどころは盛り沢山です。まず名前が妖しい、[ろーん]という音引きからして歴史が古くなさそう。そして[呪文]を唱えて[仏様]に化けるというのも何だかめちゃくちゃです。実は、この妖怪はちょっと困り者の妖怪なのです。先ほど、妖怪の成り立ちを説明しましたが(エントリー【誰そ彼草】参照)その中に“妖怪作家による創作”というのも挙げる事が出来ます。古くは『画図百鬼夜行』で有名な鳥山石燕、最近で言うと水木しげるサンとか。
この妖怪は佐藤有文の『いちばんくわしい日本妖怪図鑑』に出ています。この本は所謂子供向けの妖怪本で、難しい説明を省いたキャラクター化された妖怪がわかりやすく紹介されている本です。デフォルメ化に際して実際の一次文献を参考にしたものであれば広い範疇で妖怪と称しても構わないのでしょうが、この【びろーん】は明らかに最近作り出されている、元ネタが見当たらないらしいのです。しかも、厄介な事に鳥山石燕の創った妖怪【塗仏(ぬりぼとけ)】を[別名]として取り入れてしまっていて、形も微妙に似ている…。そして形が面白い事から水木しげるサンが漫画に登場させてしまったり、荒俣宏サンがTVで紹介してしまったらしいのです。現在の妖怪研究家達がいくら探しても元ネタがわからないので、佐藤先生本人にインタビューしてみても「江戸だったか平安だったかの絵巻に書いてあったんですよ」とおっしゃっている…。江戸と平安なんて範囲が広過ぎるからいかにも怪しいし、なんとも対処に困ってしまっているというお話なんです。研究している人が困ったってそれを調べるのが研究者の仕事だと言われればそれまでですが、例えば後続の人が、石燕の描いた【塗仏】を調べようとした場合にまた紛らわしい分岐ができてしまう事もありえます。博物学的な見地から捉えれば、並べてしまえばそれまでヨの問題なのですが、妖怪好きとしては、過去にも現在にも創作され続けている妖怪達を、何処までが妖怪とみなすかという線引きでも悩んでいるのです。その中でもこの「びろーん問題」は有名な話らしいです。(詳しくは新潮社『妖怪馬鹿』参照)
曖昧な境界を漂ってしまっている【びろーん】の目を見ていたらだんだんぼんやりとしてきてしまい、それが夕方の心持に似ていたのでこの場で紹介しようと思いました。みなさんも本日は本堂で怪音・奇音を聴きながら、目を瞑って唱えてみてください、「びろびろびろ~ん」と。▼
September 12, 2004
シリーズ にほんのかっぱ - 志木編
*「埼玉県は志木に河童出現の噂を聞きつけて、探しにいってみました。
…居た!


しかも3匹の河童中、一匹は埋まっていて
常に背中(皿?)に水をかけられているのがなんだか拷問っぽい…

彼らは志木駅の慶応側の出口のほうにいます。志木に河童の伝説なんてあまり聞かないから、何故こんな像が置かれているんだろうと思い調べてみたら、志木のお隣の駅名にもなっている川、柳瀬川に河童の伝説がふたつあるようです。ひとつは所沢にある持明院に伝わる「河童の詫び証文」。詫び証文系は河童や天狗に在りがちな伝説で、いたずらをした河童が和尚さんに懲らしめられて、もう二度と悪さはしませんてな証文を残したという類のものです。大分県の自性寺に伝わるケンヒキ太郎(二十二歳:河童)の詫び証文が有名です。
もう一方、志木市柏町の宝幢寺(ほうどうじ)に伝わるお話も、また河童の伝承として典型的なものでした。昔、柳瀬川に住む河童が人間や馬に悪さをしていたのですが、寺の小僧が連れていた馬に手を出して逆に踏みつけられて弱った姿で捕まえられてしまいました。村人は普段いたずらをされて困っていたので、焼き殺せと薪に火をつけると、河童は涙を流して手を合わせて許しを乞うたのでした。それを見た宝幢寺の和尚さんが不憫に思い、衣を着せ助けてやると河童は手を突いて自らを悔い、川に帰してもらったそうです。その次の日の朝にはお礼のつもりか和尚の枕元に二匹のフナが置いてあり、それ以降柳瀬川で馬や人が行方不明になることは無くなったそうです。…こういった恩返し譚も河童の話しとしては多いです。以前紹介した浅草の河童然り。しかし、このお話の中の素敵なポイントは、河童が“涙を流して手を合わせた”という点と、和尚へのお礼が”二匹のフナ”だったという点。埼玉らしい(?)なんとも素朴で可愛らしい河童さんです。また、この話は柳田國男の『山島民譚集』にも収録されているそうです。
志木で河童の像を撮る前に東武東上線で柳瀬川を渡り、「かはたれ時の柳瀬川は良い」という話を聞いていた所なので、近いうち柳瀬川と宝幢寺をフィールドワークしようと思います。やはり、火の無い所に煙はたたず、水の無い所では皿が乾く、調べてみればちゃぷんと聴こえる水の音…河童は身近な妖怪です。たのしい。▼
August 29, 2004
反枕(まくらがえし)
*「昨晩は光明寺にて開催された「お寺deまくら」に参加しました。”枕を持参するべし” という事だったのですが、枕を持っていく事が物理的にやや難儀であったことと、(枕に対して)執着の無い事がまるわかりな何の変哲も無い枕を持って行っても、そこから導き出されるのは僕の枕に対する執着の無さのみであろうという点でもって、枕を持参しませんでした。代わりに、普段部屋でうと寝する際によく使うその辺に転がっている厚い本や雑誌類、どうせなら自分が大事にしている(実はまだ枕にした事はなかった)聖典『画図百鬼夜行』 /鳥山石燕 を持っていこうと、しかも百鬼夜行には妖怪“反枕(まくらがえし)”も収録されているし、"反枕" - 枕を考える会にハナからアンチまくら"反枕"で挑むなんて粋じゃねえかと、生来のあまのじゃく気質とも合致を得、ほんとに思いつきとこじつけでソレを携え参加しちゃいました。
ワークショップといっても砕けた雰囲気でお酒なども飲みつつすすめられた「お寺deまくら」は、“理想のまくら”論からは逸脱した僕の素材も、オトナの懐の深さであたたかく迎えいれて頂き、結果「一反木綿まくら」や「子泣き爺まくら」などの妖怪まくらシリーズとしてアイデア化されました。水木サンによる妖怪のキャラクター化は新たな器物の妖怪化をも促すのかと愉快な気分になりました。フハッ!
僕が持参した現行の『画図百鬼夜行』(高田衛監修/国書刊行会刊)では”反枕”の項で、宮田登の『妖怪の民俗学』から、「(枕とは)別な世界に移動するための、夢を見る呪具」と捉えられていたと引いています。夢の世界”異界”と現実の境界線/扉としての枕。そこで枕をひっくり返されてしまうと、オモテとウラが逆転してしまうから異常であると恐れられていたそうです。北枕にされてしまう事がよくないとされていたのかと思っていたら、枕の方角をひっくり返される事自体が凶相となるようです。確かに枕を東西に向けていれば、反転させた所で北枕にはならないですね。東北地方に於いてはそれは座敷童の仕業であるという説なのですが、僕のイメージは幼少の頃に植え付けられたトラウマともいうべき「ゲゲゲの鬼太郎」のエンディングロールに出てくる、あの小鬼のような恐ろしい形相のアレが強いです(EDテーマである「おばけがイクゾ~」を歌う吉イクゾ~氏の顔にやや似て蝶)座敷童による”枕がえし”は人間の迷信を利用した”いたずら”と思えて可笑しいのですが、イクゾ~似の”枕がえし”の仕業だと思うと途端悪意が増幅するというか、先人の恐怖にシンクロしてしまうのは何故でしょう。形相が異常だからでしょうか?、、、恐るべしイクゾ~。 - 「♪ゆう事聞かない悪いコは、夜中迎えにくるんだよ~」・・・
また、水木しげるの『妖怪画談』の”座敷坊主”の項によると、「天竜川中流の、ごく深い山間部のある家に”座敷坊主”があらわれるという ~(中略)~ 怨霊であるともいわれているが、とにかく坊主が出てきて、枕返しをするのだという。枕を返す妖怪といえば”枕返し”が有名だが、この座敷坊主というのは、ちゃんと坊主の姿で現れるらしい。」とある。座敷坊主はおそらく座敷童と枕返しの性質を共有した結果の妖怪かと思われますが、何故坊主のくせに家に居て枕を返すのかが謎ですね。寝ずの修行で辛かった坊主の恨みか。・・・成る程、松本坊主、お前も枕返しか。「お寺de枕」の意義がここでもちらり。
「お寺deまくら」で紹介された昔の枕の中には、「聴き耳をたてる為の穴の穿いた枕」というものがありました。これは前述の”異界への扉”機能のx軸バージョンというか、巷間の噂話やら風評やらをキャッチするアンテナという方面からじっとりじとじとと妖怪に関係しそうだと思いました。”枕の民俗学”というのも面白そうだなあ。誰かやってるかしら。呪具としての枕は夢への通り路の発見を容易にするために、箱枕の中でお香を焚く機能もあったようですが、現代ではアロマという形に姿を変えて残っているようです。昔の人は臭かっただろうから現実問題として必要だったとは思いますが、それに関しては媚薬的効果との綺麗な説明が加えられていました。現代のアロマクラは香りの好みが分かれるので、昔のお香を焚ける枕の方が香りを気分で代えられる分拡張性は高そうですが、単純に安全面で却下されているのでしょうねえ。
結局僕の班が発表した理想の枕は「人のためにしてあげる枕」という事で、電車の座席シートに座っている人の肩に装着する枕です。「好きに肩使って寝るがいいや」という人間愛に溢れたソレを始め、呼称としての腕まくらを精神的な枕に昇華するための契機となりうる最もミニマムな形態として腕に巻くレース(所謂枕の端のヒラヒラを意味している)や、赤ん坊をお風呂に入れる時のだっこする手につけるちっちゃい枕(指輪の形をしていて使用時に掌側に回す)等でした。”人の為にしてあげる枕”、即ち「これぞ枕がえし!」なんて言葉遊びという呪詛でもって、まな板に載せるにはあまりに畑違いかと思われた僕の素材、妖怪”反枕”も、これにて一件落着と相成ったのであります。
夕暮れの音楽イベント「誰そ彼」に対し明け方の枕ワークショップ、「お寺de枕」は「彼は誰」サイドとも云えますが、本堂で雑魚寝をしているみんなの枕を、座敷童と座敷坊主のタッグチームで、いたずら枕返ししてあげたい気分にかられました。お寺で合宿だなんて怪異を期待しないほうがおかしいってもんですよ。▼
August 22, 2004
ENCHO'S GHOST
*「いよいよ涼しくなってきてしまい「夏を涼しくする為に」なんて流石に謳い難い雰囲気ですが、谷中の全生庵で幽霊画の展示を見てきたので紹介しようと思います。
東京メトロの千駄木の駅をあがって、団子坂から続くしだれ柳の道を真っ直ぐ進んだ所に全生庵はあります。噺家さんに縁のある土地柄故か、道中には美味しそうな煎餅屋さんやお蕎麦屋さんや甘味処等が立ち並び、思わず寄り道してしまいそうな程。道沿いには「円朝まつり」ののぼりが沢山立てられていますが、円朝とは「牡丹燈籠」「累が淵」「菊模様皿奇談」などの怪談噺を多く残した落語家、三遊亭円朝のことです。幽霊画のコレクションも、全生庵を菩提寺とする円朝さんのもので、彼の命日である8月11日には毎年全生庵にて円朝まつりが開催されるのです。(幽霊画は8月中ずっと公開)
入り口にて拝観料の300円を支払うと、クーラーが無いから中は暑いヨ、とうちわを貸してくれます。それをぱたぱたとやりながら、足音も目立つほどの静かな部屋へと入っていくと、壁にかけられた数々の幽霊達がぼんやりと浮かんでいます。円山応挙や河鍋暁斎等の有名な画家のものから、詳細不明の画家や写しまで多岐に渡るコレクション、京極夏彦先生の読者には特に馴染み深い姑獲鳥(うぶめ)の絵もあります。白装束を着て幽霊らしくしているせいか鳥山石燕の描いた姑獲鳥よりも、アブストラクト度が高く幽霊寄りです。石燕のは妖怪画なので特徴を見比べると面白い。
ズラリと並んだ幽霊画を見ていると、気付くことがありました。それは小物を多用しているという点です。行灯や蚊帳、屏風に香炉と、そもそも幽霊の居そうな雰囲気を作り出す小道具ですが、意識的に強調して描かれているのです。幽体化している人間は情報量を減らしていく「抜き」の意向(足がなかったり、顔が見えなかったり)で、それと対比させるように物質(器物)の類はリアルに書き込まれています。この抜き挿しはポピュラー音楽の手法に例えると所謂「ダブ」に似ています。ジャマイカのレゲエ音楽に端を発する「ダブ」という手法は乱暴に言ってしまえば、既存の楽曲からボーカルパートや各楽器パートを部分的に引き算や足し算をして低音を強調する音響彫刻、もっと云うとCRAZYなKARAOKEみたいな感じです。実際に鈴木誠一による『雪女図』(リンク先18番の絵)を見てみると、そこには日本むかしばなしに出てくるような雪女のイメージは無く、墨の内枠を人型にすることで真白い雪女の姿を表現しています。降る雪を目と口があるはずの場所に舞わせることで顔らしきものをつくっていて、そして足元に生える南天の実の赤の凶暴さといったら!ドぎついリヴァーヴのかかったギターの音にも匹敵する切れ味です。この南天の実のように「抜き」で「挿し」を強烈に印象付けるのは正しくダブのやり方です。逆の空恐ろしさも然り。実像と虚像、此岸と彼岸を意識的に描き分けると、その間に起ち表れる「何か」は何だかよくわからないくせに妙なリアルさを伴っていて怖いものです。水木しげる先生の漫画も矢鱈に書き込まれた背景が特徴的ですが、妖怪にとって重要なのはその雰囲気なのです。逆にこれらの幽霊画に共通して感じるのは、意識的に緻密に書き込まれたパートによって、意識的に抽象化されたパートをおそろしく感じさせるということ、パートでもって全体を想像させる楽しさはジャマイカのダブの楽しさであり、日本人のおばけの楽しみと等しいのです。例えば無名の画家、光村さんによる『月に柳図』(リンク先34番の絵)は月と柳と雲で幽霊の横顔を作っていて、単純に騙し絵的な読み方もできますが、僕としては "幽霊見ちゃったヨ" 心理がよく表れている傑作であると感心しました。妖怪画の世界では器物が霊を得て付喪神となった様子を描いたものがよくありますが、幽霊画の世界ではその器物が幽霊のダブワイズ/アブストラクト化を強調させる要因として機能しているのが面白いです。
見終わって、「幽霊画はダブか…」なんて考えていたら、僕の好きなレゲエのレコードでBURNING SPEARの『MARCUS GARVEY』のダブ・バージョンが『GARVEY'S GHOST』というタイトルである事を思い出しました。タイトルに取られているMARCUS GARVEYとは、ラスタ誕生に大きな影響を与えたジャマイカ人の思想家ですが、『GARVEY'S GHOST』- "ガーヴェイの幽霊" ということでジャケットに描かれている彼の肖像画が『雪女図』のように白抜きにされているので、結びつけてみるとなんだかユーモアのように感じられ思わず笑ってしまいました。
全生庵には円朝さんのお墓もあるので、コレクションを見せてもらったお礼に挨拶して帰ると良いでしょう。帰り道は日暮里方面に歩くと谷中霊園を通ることになります。散歩がてらに歩くには丁度良い距離なのでおすすめです。僕が行った日は小雨が降ったり止んだりしていた日で、涼しげで気持ちが良かった。幽玄な印象の円朝さんの辞世の句がぴったりでした。

"耳しいて聞きさだめけり露の音" - 円朝辞世の句 ▼
August 11, 2004
納涼ヨーカイヴ・ツアーのススメ
*「半年以上更新を怠っていましたが、おばけの季節なので再始動です。夏はおばけ界の活動も活発でイイです。

巣鴨プリズン跡地に聳え立つサンシャイン60の展望台に設置されている「妖怪の小道」は、昨年と内容はほぼ一緒でした…。しかし、最近発売された水木先生のインタビューDVD「水木サン大全」が流れていて、ソファーに座って見れるので買おうか迷っている方は試聴のチャンス!気に入ったら併設のグッズショップですぐにゲットできます。展望台から境港の鬼太郎ビールを飲みながら眺める景色も、たそがれ刻なんかは気持ちイイですヨ。
他には、昨日で終了してしまいましたが大丸ミュージアムにてフィンランド妖怪代表こと「ムーミン谷の素敵な仲間達展」を見てきました。トーベ・ヤンソンの油絵や水彩なんかは割とフーンてなもんですが、ムーミンの原画の数々は感動モノです。特にショッキングだったのがごく初期のムーミン↓↓↓!!まさに妖怪という言葉そのものがあてはまります。
水木先生の言うとおり、どこの国も見えない世界は一緒なんだなあ。日本のTVアニメの「楽しいムーミン一家」のムーミンのイメージは「妖怪」という感じはしないけれど、ルーツを辿るとそれらしいモノがどっこい生きてたようで嬉しいですね。例えば「楽しいムーミン一家」のまんまるムーミンは「幻獣」という言葉ならば、トロールだし妖精・小鬼繋りでしっくりとくるでしょうか?「幻獣」というと途端に西洋の風が吹き始めるというか、リマールの名曲や植松伸夫のメロディーにのせてけむくじゃらや角を生やした何かが飛んでくるようです。そんな「幻獣」という言葉の懐の深さを更に推広げてくれる「日本の幻獣」展が川崎市市民ミュージアムで催されています。河童や天狗や件(くだん)等の「妖怪」も含まれているが、人魚、龍等の「妖怪」でなさそうなものも含まれるこの「幻獣」というカテゴリーは一体どこからどこまでなのでしょう?『幻獣とは何ぞや?という議論がまだ進んでいない現状を踏まえて本展を企画した』と川崎市市民ミュージアムの学芸員にして著名な妖怪蒐集家の湯浅豪一さんがおっしゃっているとおりその境界は曖昧なようですが、"未確認生物出現録"という副題が最も判り易く端的にあらわしているような気がします。

展示に入ってまず目に飛び込んでくるのが河童のミイラ!!大阪瑞龍寺に伝わる寺宝ですが、丁度「お寺にある河童のミイラ」の話を聞いたばかりだったので、こんなに早く会えるとは思いもよらず嬉しくなってしまいました。「鬼の頭部のミイラ」の前では夏休みの小学生が『これが鬼?ありえない!』と叫んでいたのが印象的でした。思わず駆け寄って『そうなんだよ!そもそも鬼というものはもっと複雑な存在で、そのパブリックイメージというかキャラクターを得たのは割りと最近になってからのことで…』と語り出したくなりましたが、自由研究のお手伝いまで付き合ってしまいそうだったので自粛。でも彼がその瞬間にそう叫んだのだから、何故そう思ったのか後で考えて調べてくれたらいいなあ。あとは先日の伊豆旅行で立ち寄ろうとしていた佛現寺の「天狗の侘び証文」と「天狗の髭」もきていて、夏のこの時期は妖怪系アイテムが狩り出されているという点も考慮して妖怪巡礼をしなければと学ぶ事もありました。
しかしこの展示、見れば見るほど出品の所蔵先が個人蔵ばかり。ミイラ以外の文献系はほとんどが個人のもの。幻獣の資料は少ないうえにまとめられていないというのが現状のようです。その為の展示という事なのでその意義は大きいと実感。よくぞ集めた!中盤から後半にかけての「絵巻・版本に描かれた幻獣」や「明治幻獣事件簿」のゾーンは前述の湯本さんの著書「明治妖怪新聞」や「明治妖怪ニュース」で見かけた文献や切抜きが多数登場。ミイラ系の飛び道具で惹きつけてから、微細故に目立たぬが本質を捉えた内容に誘い込むとは天晴れでござる。
京極夏彦先生と小松和彦先生による"幻獣トーク"は抽選はずれてしまいましたが、21日には"妖怪文化研究フォーラム2004"なる関連イベントも行われる様子。こっちは先着200名だから行ってみようかな。しかし何時から並べばいいのか…京極先生が居ない分随分と空いているような気もしますが。▼
January 25, 2004
新春ヨーカイヴ・ツアーのススメ
*「"内田百聞は当時かっぱ坂に住んでいました…"、
日曜の昼間にTVから聞こえてきたこんな一言を追って、
松涛美術館の谷中安規展に行きました。
"シネマとカフェと怪奇のまぼろし"のサブタイトル通り、
妖しい版画だらけで楽しくなってしまいました。
内田百聞から「風船画伯」なんて呼ばれ愛された
風変わりな人柄、己の腹わたを引き摺りだしたかのような
幻想的な向こう側世界観がとても魅力的。
異界のもの達が多数登場しますので、妖怪ファン必見です。
そして意外な発見として、谷中安規のペン画が荒木飛呂彦の
コミックスの挿絵とかに登場するラフなペン画のタッチにそっくりでした。
西洋のモノに影響を受けている印象が強い荒木飛呂彦の
意外なルーツを見つけたような気がしました。ジョジョファンも必見。
あとは、百聞繋がりでやはりかわいい猫の版画も結構ありました。
猫ファンも必見。危うくてはかなげな彼らしい文章もなかなか強烈なので
文集付の図説¥1,500もおすすめです。安い。
安いといえば松涛美術館は入館料が¥300と安い。
渋谷からふらふら散歩していたらすぐに着く距離なので
渋谷の雑踏に疲れた時の休憩スポットとしても活用できそうです。
駅から松涛美術館までいく途中のBunkamuraミュージアムでは
棟方志功展もやっているので、志功-安規とを結んで版(板)画展梯子を
している人も多いようです。棟方志功展のほうも大量の作品があり
妖気を放っていて、かなり見ごたえあります(梯子は相当疲れそう)
棟方志功は初期作品にかなりアヴァンギャルドなものがあって
年を重ねるごとにポップになっていってるような気がしました。
大きい板画の一部分をズームしたというアブストラクトな作品とか
発想がとんでもなくってビックリでした。
会期も残り少ないようですが志功-安規のしぶや妖画ツアー、オススメです。
今年最初の妖気をしっかり養って、おばけシーズンまでためときましょう。▼
Link:Bunkamura ミュージアム / 松涛美術館
September 25, 2003
シリーズ にほんのかっぱ - 浅草編

*「江戸時代後期、洪水の度に流れ出す新堀川の汚水で
浅草合羽橋道具街の人々は困り果てていました。
当時この近辺で雨合羽を商っていた喜八は
私財を投げ打ってでも、この出水を無くそうと画策していました。
ある日、彼は隅田川のほとりで一匹の傷ついた子ガッパに出会い
介抱し川へと逃がしてやります。
そして始まった喜八による新堀川の治水工事。
村の人々も手伝って川をどんどん掘り下げてゆきました。
しかし工事が進むにつれ
不思議な現象が起きはじめます…
工事のスピードが異様に速いのです。
不審に思った村人達が夜遅くに工事現場の様子を見に行っていると
大勢のカッパ達がクワやモッコを担いで一生懸命に
川を掘り下げていました。▼













