December 11, 2007

関のボロ市

*「先週の土曜日、なんとなく食事を食べはぐれた23時、近所の飲み屋さんジーンズキッチンへ。以前、久住昌之 & Blue Hipさんのライブを見に行って以来何度かお邪魔しているその店は、武蔵関駅北口を出てすぐのところで、料理がおいしく値段も安い。久住さんやバンドのメンバーさん達もよく行かれているそうで、僕も近所にこんな良い店があったなんて!と知って嬉しくなってしまったお店なのです。

閉店の時間になっても「まだいいですよ」という優しいお言葉に甘え、ビールのサービスまでして頂いて今夜も大満足でお勘定をしていると、ご主人が「明日は関のボロ市ですよ。」と教えてくださいました。街中にポスターが出ていたので気になっていたのですが、本立寺さんの前の道にずらっと沢山の露天が出るとの事、これは行かなきゃ!!

日曜日、昼過ぎまで十分だらだらして南口の我が家から北口へ向かう。駅を渡る辺りから楽しい風船やおもちゃを抱えた子ども達とすれ違い気持ちがはやります。駅の階段を下りると、武蔵関ってこんなに人いたんだ!と驚くほどの混雑です。ここまで賑やかな駅前を見たのは初めて。朝から何も食べてなかったので、取り敢えず鮎の塩焼きなどめぼしいものを食べつつ本立寺さんへ。
本立寺さんは近所のお寺ながらなんとなく踏み入れずにいたのですが、結構立派な建物で鐘も大きい!本堂の中ではちょうど法話が行なわれ、それを窓から覗き込む小学生3人組がかわいらしい。そして子ども達はみんな口の周りに何かしらべとべとしたものがついている…。

関のボロ市

境内は外の業者とは違って地域の人たちが出しているお店なので安くてうまいです。ここで、失敗した!境内に辿り着くまで我慢すればよかった!!と気付いたのですが、更にここでも食う。豚汁も玉こんにゃくもおいしい。結局、露天は本立寺さんから更に東伏見方面に数十メートル続いているのですが、業者でも本立寺さん近辺の露天のほうがレベルが高く、イイダコ入りのたこ焼きや何故かそこだけ長蛇の列を成している名物らしいシャーピン(中国風おやき)など食べたかったものがいくつか。来年の為のメモ。
短い時間でわっと食ってお土産に赤カブ漬けと焼きとうもろこしとビールを買って家で夕方まで飲む…関町のゆるい午後を満喫しました。
夜は万灯行列があるそうでそれも見たかったのですが、別の用事がありまた来年。

http://www.city.nerima.tokyo.jp/news/news.php?id=606

さてさて、お祭といえば今週末は「光明寺オランダ祭」があります。
出演者さんの追加発表。

『 光明寺 オランダ祭 』
日時:2007年12月15日(土)
Open 17:00 Start 17:30
参加費:1000円 with 1drink
場所:梅上山 光明寺 http://www.komyoji.org/
出演:
・アブ・バース(Cl、Sax、尺八)
 イグ・ヘイナマン(Viola)
 松本健一(Sax)
 野口雅子(Dance)

加藤雄一郎(Sax) from MEGALEV [New!]
 山本昌史(Bass) from MEGALEV [New!]

山口りえ(Tp) from THE THRILL [New!]

協賛:オランダ王国大使館
協力:stichting Wig
GALLERY OF NEWBURY
浄土真宗本願寺派 梅上山 光明寺
誰そ彼 (http://www.higan.net/blog/tasogare
企画:Lab.M (http://www.labmdance.com
お問い合わせ:info@komyoji.org

以前、誰そ彼に出演してくださった、山口りえさん(Tp)がソロで演奏してくださいます。新作発表が近いとの事で、新曲が聴けるのではないでしょうか。
また、現在活動休止中というNATSUMENの加藤雄一郎さん(Sax) 、山本昌史さん(Bass) がデュオでご出演くださいます。最近はMEGALEVというトリオで活動されているようです。

出演者も出揃い楽しみになってまいりました。皆様是非遊びにいらしてください!!▼

投稿者 Takuya Endo : 12:47 AM | コメント (0)

October 02, 2007

燕温泉と黒姫童話館

*「9月の連休は信州へでかけました。旅の目的は黒姫童話館と燕温泉です。
旅の日記。

- 牛にひかれて

黒姫は長野から信越本線で30~40分のところなので、初日まずは長野市内観光。長野へは仕事で数回お邪魔しているのですが、観光をするのは初めてで、遂にという感じで善光寺参りを果たしました。

善光寺

善光寺での注目はやはり牛。善の字にもう既に隠れている牛。ガイドブックに出ていた牛の像を撫でたくて探したのですが見つからず…善光寺ウラに雪印寄贈のリアルな牛オブジェを見たのみに終わり残念でした。しかし善の字を牛に模した鍋敷き等のグッズは良い感じ。
観光者らしくお戒壇巡りにもトライしてみました。普段なかなか経験することの無い真っ暗闇を、壁を頼りに列をなして進みます。前にぶつかったり、後ろからぶつかられたり。不安な気持ちになって何故か余計な口ばかり。

- 市内のそば屋

以前仕事の合間に連れてってもらったおそば屋さんが、どうしてももう一度食べたくて行ってみました。東東(とんとん)通りにあるやまきやさんというお店ですが、野趣溢れる太め・強コシのおそばでとてもおいしい。どかっと盛ってあるのが嬉しく、つゆは意外にあっさり味でどんどんいけます。濃いそば湯がまた格別で、割らずにそのまま飲んでもうまい!そばファンにはたまらんお店です。
冬期は串おでん(100円)もやっていて、カウンターの鍋から自分で持っていく方式がなんかいいのです。それも食べたかったなあ。

- 燕温泉 河原の湯

寝床は黒姫山のお隣、新潟県の妙高山にある燕温泉街から少し離れた一軒宿にとりました。荷物を置いたら早速歩いて燕温泉へ向かいます。イワツバメが群生するところからの名称だそうですが、燕みたっけな?
長野は晴れてとても暑かったのに、山道はひんやり。濃霧がでてきて幻想的、いや多少不安も誘う霧。道はあってるのかわからないけれど、取り敢えず一本道なので突き進み、ようやく現れた石碑には『秘境 燕温泉』とあります…辺りを見渡し秘境を再確認。
鄙びた温泉街を抜けて10分ほど山道を歩くと、目指す河原の湯があります。幅1メートルくらいで踏み外したらきっとお陀仏な感じの山道をゆきます。濃霧が更に不安感を煽る中、巨大な滝を横目に映画にでも出てきそうなつり橋を渡り川沿いをゆくと、裸のおっさんが横たわる岩が見えてきました。そこの岩場に突如、真っ白な湯がぽっかりとあらわれます。正に"隠し湯"という形容が相応しい、花の慶次で慶さんが秀吉とはいっていたような温泉です。

河原の湯

その光景を見たらとにかくはいるしかないという入浴衝動にかりたてられて、すぐさまどっぷん。はいるともう月並みな言葉しかでてきませんが、極楽とはこのことかと。一応男女分かれた更衣室があり、白濁が濃いので女性でもはいれます。というか性差は意識ないです。みんな裸でおんなじな感じ。寧ろお湯に浸かった今、服を着て湯を覗き込んだ時の自分のほうが不自然に思えるほどです。横を流れる川の音を耳に、深く霧のたちこめる幻想的な山々を仰ぎながら、温泉っていいもんだなあとつくづく感じました。
お湯は硫黄ですがさらさらとしていて湯花があまりなく、今まで入った事の無いような不思議なお湯でした。湯を出るとすぐに乾きますが、アトピー体質の僕でも痒くなったりせずとても良い塩梅でした。ぬるめなのでじっくり浸かれて、ぽかぽかとあたたかさが持続します。

- 黒姫高原~童話館

翌日は快晴で朝から黒姫高原に向かいました。午前中の高原というのは相当に清々しい。ヨーグルトがうまい。コスモス園に入り、リフトで1000Mくらいまで登ると眼下には野尻湖、その向こうにはまた山々が聳えています。コスモスも東京の公園で見るのよりもワイルドというか、自然な色でその控えめさがなんとも美しいのです。

黒姫山

コスモス園から少し歩くと、童話館があります。ミヒャエル・エンデの資料が豊富で、生前の彼も一度訪れています。日本人の奥さんと再婚するなど、親日家だったようです。童話館開館時に寄せたメッセージ(『サーカス物語』からの引用)がとてもよい。
”おまえは自分の知らないものにかんして存在を認めません。そしてファンタジーなど現実ではないと思うのです。でも未来の世界はファンタジーからしか育ちません。私たちはみずから創造するもののなかでこそ、自由な人間になるのです。”
続けて、”外部空間を征服すればするほど、私たちは内部空間をもっと強力に豊かにしなければなりません”という言葉を胸に入館するのです。時を経れば経るほどに説得力をもつであろう言葉。

企画展はちょうど松谷みよ子先生でした。松谷先生の師である、坪田譲治大先生は戦時中は野尻湖周辺に疎開されていたらしく、疎開先を思いきって訪ねたという若かりし日の松谷先生のエピソードが印象的でした。そのときに坪田先生に渡した作品を綴ったノートを、疎開から引き上げる際に坪田先生が紛失してしまったと言ったら、同じ作品が書かれたノートがすぐにもう一冊でてきたというお話し。手動バックアップだもんなあ、ノートは。
松谷先生が実際に民話採集の際に使われたノートなども展示してあり、なるほどと参考になりました。
僕もノートにいろいろ書きたいなあ、何か書く事ないかなあ、というキブンに。

結局、黒姫で一日中過ごしてしまった!牛も居るし、とてもよい場所でした。

- ブナ森に潜む

宿の温泉は河原の湯からくだってきてどんどん色が薄くなり無色でさらさらの硫黄臭のお湯でした。湯船に浸かっていると赤ら顔のおじさんに話しかけられ、世間話を少々。長岡からよく燕に来ているという方で、近くの関温泉で一軒宿を開業したいと思っているとの事。この宿によく現れるという狸の情報もGET。それで僕がてっきりただの窓だと思っていたところをおじさんが出て行ったので、ついていってみると一人用の露天風呂がありました。おじさんが場所を譲ってくれたので「これで狸がくれば最高ですねえ」と言って湯船にはいると、おじさんは「心を静かにして、それを森におもってはいってください」と残して去りました。
真っ黒なブナの森を眺めていると、おじさんの言うソレとは果たして狸のことなのか、もしかしたら違うかもしれないなと思い、お風呂からじっと暗い森を見ました。

- 千曲川を渡る

3日目は信越本線を豊野で降りて小布施へ向かおうと思い、まず駅前のタクシー連絡所にはいりました。タクシー連絡所といっても電話ボックス6台分くらいの小屋に黒電話がひとつ…なんとなくバイオハザードを思い出す風景です。そして表記はタクシーではなくタクシ。電話の横についた小さなハンドルをまわすとタクシー会社に繋がる仕組みなのですが、ハンドルはとれるし、おさえてまわしてやっと繋がったと思えば、もう全部のタクシーがでちゃってるから他あたってくださいと言われました。結局、教えてもらった別の会社に自分の携帯からかけました…駅前で観察したところによると豊野タクシの稼動車数は2台くらい。

豊野から小布施への道中で渡る川は千曲川です。日本各地によくあるでいだらぼっちのポピュラス・レジェンドによると、でーだら先生のふんどしをひきずった跡が千曲川になったそうな。

- 小布施のウォ-ホル

小布施は小江戸 川越の雰囲気に少し似た街でした。おば様フォークロア系のブティックに惹かれます。即売所のりんごをかじりながら早速高井鴻山記念館へ。

高井鴻山記念館

高井鴻山先生は金持ちで晩年の北斎のパトロンとなったり、立派な自宅をサロンとして要人・文化人を招いたり(逃走用の隠し通路もありました)、もちろん自分でも絵や書をやったり、今時いそうなタイプのはいから文化人です。奥まったところにさりげなく妖怪画があったり、琴が弾けるようになっていたりなかなか楽しめる施設でした。
売店コーナーで妖怪画のうちわやハガキを買いあさっていたら、おじさんに「キミは妖怪好きなの?」と聞かれました。「妖怪が大好きなので、東京から見に来ました!」と半ズボンスタイルで元気良く答えてみたら、おじさんも喜んでおまけをつけてくれました。

なんとゆうかその日は3連休の中日だったもので小布施は観光客で大賑わい!栗おこわが有名な竹風堂さんは行列をなしていたので、諦めて他のfor 観光客なおそば屋さんに入ろうかと思ったのですが、やはり昼飯の妥協はイカン!とお持ち帰り用の栗おこわとお茶を買って長野電鉄に飛び乗りました。この日は暑過ぎて外でお弁当をひらける気温でなかったので予定変更して車内クーラー目当て、北斎館を諦めてでも食い気に走る孤独のグルメ…。
しかし、竹風堂さんの栗おこわは本当においしかった!ごはんの風味と栗の甘さの調和が絶妙。まだちゃんと温かくて、添えられた甘露煮もうれしい。▼

小布施堂 看板

::過去の関連エントリー::
2006年3月 - のすたるじゃ
2005年8月 - 沼御前(ぬまごぜん)

投稿者 Takuya Endo : 01:56 AM | コメント (0)

August 19, 2007

ルドンの黒、ジュークボックスに住む詩人

*「先週の土曜日のこと。この日は真昼に起き、わざわざ一番暑い時間をつたってBunkamuraミュージアムにルドンを見に行きました。
白に黒で紡がれる深遠な幻想の空間はきりっと冷え、ひとときでも残暑を忘れるにはよい方法でありました。特に、ブルワー・リットンの『幽霊屋敷』の挿し絵での幽霊の表現などは思わずゾッとする程に、僕の幽霊のイメージと馴染む秀逸なものでした。今年も全生庵で見られる円朝の幽霊画コレクションを思い出しましたが、あの中に一枚紛れ込ませたとしてもなんら遜色はないといえます。日本と西洋では照明が違うせいか、ルドンの幽霊はヒュードロあらわれてくるというよりは、気づくとそこに居る!といった具合。僕としてはそっちのほうが怖いです。
水木しげる先生が目玉親父のアイデアの源泉とされたという目玉気球や蜘蛛のポストカードを購入しました。

続いて新宿紀伊国屋書店へ。友部正人さんの『ジュークボックスに住む詩人2』刊行イベントに参加しました。友部さんが本の中で取り上げている楽曲をかけながら解説を加えていくというDJスタイルのトークイベント。声と同じくらいに目にも力を宿した方で、小さいスペースの少人数のイベントだったのもあり終始必要以上に緊張してしまいました。"朗読"というほど畏まらずにさらっと詩を読み上げるだけでも、詩に新たな視点や質感を加えてしまう声が素晴らしい。質疑応答のコーナーで「今注目しているアーティストは?」との問いに、戸惑いながらも「…やっぱ、ボブディラン」と、はにかみ混じりで答える友部さんはやはりまだまだ一本道を駆けていられるようで、その視線のしなやかな強さを感じました。かっこいい~
僕も質疑応答で質問したかった事があったのですが緊張しすぎてできませんでした。聞いてみたかったのはダニエル・ジョンストンの"some things last a long time"という英語を友部さんならどのように日本語にされるかということ…。

そして友部さんを目の前にして緊張しきった体を弛緩させる酒を飲みに仲間達と街へ。東京は夜の1時を過ぎても真夏のソレで、、、ソレは夏休みのソレなもんで予定調和の一本道をひた進み、空が白む頃まで飲んでしまいました…。
昼過ぎに起き、仲間達と別れた後はひとりになって友部さんの『遠来』を聴きました

"君がニューヨークにいるのと同じように 僕は東京にいる
君がニューヨークでアパートを借りているのと同じように 僕は東京で借家住まいだ
君がニューヨークで新しい友達を見つけただろうか 僕は東京で見つけたよ
そして僕も君も東京とニューヨークでうたのことを考えている"

引用の詩中の"君"にはどうしてもボブ・ディランをあてはめたくなってしまいますが、このほかにもインドやフランスや台湾の"君"も登場してくるので、あくまで地球のどこかの街の"君"という事なのでしょう。とある町のとある"君"たちと東京の"僕"の対比を並べたあとで
"夜になるとたくさんの町の灯が つながってひとつになるのを見たことがある"
というフレーズで視点が急にズームアウトするのがとても美しいと思います。そして瞼の奥にはゆっくりと、自分を取り巻く様々な縁や因縁のイメージが思い浮かんできます。
そんな、なんとなくあたたかい渦に浸る間も無く、
"わかりあえないまま距離ばかりを気にしている"
というお終いにドキリとさせられ、例えようの無い感情が込み上げて来ます。
いい曲だなあ。▼

::過去の関連エントリー::
2006年10月 - some things last a long time
2004年8月 - ENCHO'S GHOST

投稿者 Takuya Endo : 05:57 PM | コメント (0)

July 28, 2007

もんぜん小僧がやってきた!

東海道釣りカッパ

*「当ブログを読んでくださっている方々には一応アッピールしようと思ったのですが、実は僕、隔週でメルマガを書いてます。おそらくご存知の方も多いであろう彼岸寺サイトのメルマガを実は僕が書いています。彼岸寺はこの春にリニューアルを行なったのですが、その際にサイト管理人とメルマガ編集長なる微妙な役回りが舞い込んできたのです。微妙というのは主にメルマガを指します。
メルマガ!今時疎まれがちで、今時絵も音もついていないテキストのみのメルマガ。僕自身特に熱心に読んでないし、周りも熱心に購読している人をみかけないメルマガ。ああ、僕にこれをどう料理しろと!…なんて当初は迷いました。しかし彼岸寺リーダーの某坊におだておごられ少しその気になり、なんと大それた事に故横井軍平氏の名言『枯れた技術の水平思考』を拝借した『枯れたメディアの水平思考』なるテーマで取り組んだのです。
しかし、斯様に身に余る壮大なテーマはヒネって出るようなアイデアでは成せず挫折。ちゃっかり路線変更して現実的な線で、『嫌がられなくて機能的』という目標を立てることにしました。
機能というのはモチロン彼岸寺サイトへの導線なので、せめて隔週配信しようということで嫌がられないようにコンパクトなサイズ、(僕が)続けられるようにフォーマットを固定。安心をもたらすお約束の文句を文頭と文末に配置しました。そして、僧侶ではない僕が執筆するというのも"寺"と題につくメルマガで説得力が出なさそうなので、僧侶キャラを設定し案内役を演じてもらう事にしました。門前小僧クンと名前のついた彼は、彼岸寺の下っ端で年下僧侶キャラです。イメージとしてはドカベンの谷津吾朗です。拝啓、どうぞヨロシク!

そんな門前小僧クンをチェックしたいアナタは彼岸寺メルマガ登録してください。当メルマガは"嫌いじゃないメルマガ"を身上としておりますので、アナタの生活にそっと忍び込んでくることでしょう。
(ん、サイトの登録ページ見てみたら発行準備中になってるな…)

それで今後は"箱庭感"をキーワードに、サイトの違った"見方"を提示したり、独自のルールや価値観(おおげさなものではなく)をもつ領域を作り上げてくことが、長く続けられるコツなのではないかと思っています。

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写真は、瀬戸内海に浮かぶゲゲゲの大下島より数日間我が家に滞在されている妖怪仲間、風眠庵こと加藤さんからの素敵な土産物。東海道釣りカッパというものです。拝啓、どうぞヨロシク!▼

投稿者 Takuya Endo : 01:39 PM | コメント (0)

July 25, 2007

Japanese suburban symphony

*「もう先月のことですが、『藤森建築と路上観察 - 第10回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展帰国展』をみにいきました。

建築史を研究された氏ならではの、先人の知恵を活かして今に挑むスタイル、路上観察の賜物といわざるを得ない豊富なユーモア、それと建築家としてのロマンティシズムが見え隠れするとても楽しい展示でした。帰りには偶然ご本人もお見かけすることができ、大変満足をしたのですが、そこに併設されている本屋で買った本がよかったので久々に書きます。

考現学入門

今回ご紹介したい『考現学入門』の著者、今和次郎という方をご存知でしょうか?いまわじろうさんではなくコン・ワジロウさんです。今氏は一時柳田國男先生の門下で、後に破門されたという事らしいのですが、それはあくまで自称であり、自ら去ったというのが実のところのようです。出は東京美術学校の図案科で、早稲田の建築学科で教えた後、「これからは農村だ」と言い出した頃の柳田先生に附いて日本全国を一緒にまわり農村のスケッチ等をしていたそうです。この本の編集をされている前述の藤森氏曰く、目に見えないものを言葉で集める柳田先生に対し、目に見えるものの形を描いていく今氏は、年は離れているものの名コンビだったのです。「目玉を親父とする鬼太郎のような今氏」と藤森氏は洒落て鬼太郎に喩えてらっしゃいましたが、今氏の文章を読んでいると貸本時代の鬼太郎のような飄々としたキャラクタが確かに似合っているような気がします。
彼は、自分が信じていた"目に見えるたしかなもの"が崩れ去ってしまった関東大震災をきっかけに、柳田民俗学を離れて『考現学』へと歩み始めるのです。

『考現学総論』の中では考現学と民俗学の違いとして具体的な説明述べていて、ここに柳田先生の下を去った理由が見えています。
「(ひとつの村落に)家が六軒あるとする。そして、それらの屋根が(A)草葺一戸(B)瓦葺二戸(C)およびトタン葺が三戸 あるとする。そしていま民俗学者がこの村に探求に出かけたとした場合、ほとんど例外なく一戸の草屋根の家に集中し、現在の村の全舞台を忘れて注意力がそれに集中されてしまうだろう。(中略)すなわち彼は一区域における多数のもののなかから限定した数だけの研究対象をつねにつかまえて他への注意-学的な注意-をおよぼさない。(中略)しかるに考現学においては、それらの事象全般をまず注視の対象とする。そして第二段として個々のものにふれてゆくのである。」
柳田先生と農村を歩き回っているうちに、この視点のズレに気付かれたのでしょう。
更にその根幹を成す"(考現学の)研究態度"についての記述が素晴らしいです。
「現代人の生活ぶりを動物の行動や習性を注意する観点と同じ立場からみる。動物学者や植物学者が動物や植物にたいしてもつ態度と、われわれがわれわれの対象たる文化人に向けるのと変わりがないのである。考古学の態度と照らしてみると、それは遺物遺跡に対する心境である。街のショーウィンドーの品物を歴史博物館の陳列品と同列にみるのである。このようにわれわれは眼前の存在を学的対象として尊重しながら、それらの分析と記録とを遂行していくのである。家庭における室内・押入れの内部・集会所・モダンガールのさまよう姿、それらのうちに立ち、それらの前に立って研究の仕事に従事している間、その室内、そのモダンガールの存在において、われわれはわれわれ自身もそこで生活している舞台だということを忘れているのである。そのわれわれの研究態度をわかりよくいえば、眼前の対象物を千年前の事物と同様にキューリアスな存在とみているかのようなのである。」
自らが生きる生活の舞台を研究対象とし、それら研究対象に接するという行為は、研究者自体を生活の舞台から乖離させるという奇妙なパラドクスを生み出すようです。この、日常にふと出口を見つけるような感覚は、僕が日ごろ探している感覚に近いような気がして非常に羨ましく思いました。
そして最後に、その純粋な感動と熱が愛嬌のある彼の文章にダイレクトに映し出された名文を引用したいと思います。
「(郊外の調査に於いて見られた商人の姿を称して)子どもの眼には、とくに静かな郊外の家に住む子どもたちには、これら種々の姿は移動博物館の陳列の役をしてくれるのではないでしょうか。空想を盛んにしますならば、あの、レコードのなかにあるベートーベンのパストラル・シンフォニー、あれは私にはたまらなくうれしいのですが、あんな風味がこれらのものの錯列のうちに感ぜられないでしょうか!まさにJapanese suburban symphonyがここにあるんではないでしょうか!(中略)家庭の人たちにはすべてまる味があり、柔軟な感じがみちているのに対して、これらは鋭角でいなづま形です。生垣や赤瓦などをも加えて、昼あるいは夕方の郊外シンフォニーの全幅員をここで考えておこうじゃないですか!」
この箇所は研究の最中に今氏が異世界にふっとんだと思われる箇所でとても気に入りました。僕も、住んでいる武蔵野~練馬の夕暮れの中に遠い日のJapanese suburban symphonyへの入り口を探しています。

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…と、今回は引用ばかりの長文になってしまいましたが、僕が日ごろ憧れている言葉にし難い感覚を的確に美しく文章化していらっしゃっるもので…いや~すごいナア。▼

投稿者 Takuya Endo : 02:03 AM | コメント (0)

December 19, 2006

光明寺大掃除と冬のたそがれ遠足

レコード

*「土曜日、今年一年間も大変お世話になった光明寺の大掃除をお手伝いしました。大掃除といっても光明寺全体を清掃するお手伝いではなく、ずっと使われていなかった部屋を誰そ彼や神谷町オープンテラスの物置として利用させて頂けるとの事で、その部屋を皆で片付けたのです。いつもライブをおこなっている本堂の裏側にある数畳の小部屋なのですが、埃の中から出てくる出てくるいろいろなモノ!仏像、経典などのお寺ならではのものもありながら、古広告や昔の商品パッケージ、古新聞など時の流れを感じさせる興味深い品々も多数登場してきました。
更に、本堂裏の上には梯子でしかのぼれない隠し部屋風な幻の3階が存在していて、ひみつ基地気分で覗いてみるとレトロなオーディオ機器が色々と出てきて楽しかったです。レコードも数十枚発見され、内容としては珍しいものはなかったけれどビーチ・ボーイズ(ほぼ全タイトル)やザ・バンド、ヤング・ラスカルズ、ローリング・ストーンズなど60~70年代のロック&ポップス系がありました。(ジャズはナベサダ一枚確認済)まだ動くかどうかわからないけれど、発掘したオーディオ環境を再現してそれらのレコードの試聴会をしてみたいと思います。誰そ彼で選曲をする時にも、もうビーチ・ボーイズは持って行く必要がなさそうです。
久しぶりに重いものをたくさん運んで疲れた後、光明寺さんのご好意で忘年食事会にご招待頂きました。ご住職にレコードの事を訊ねてみると、ご門徒さんの息子さんが若いうちに亡くなってしまいその方が所有されていたものを寄付して頂いたのだそうな。今回の大掃除でそれらのレコードに僕らが出会ったのも何かのご縁のような気がしますので、今後の誰そ彼の選曲に大いに利用させて頂くつもりです。

伊東の海

日曜日、来年のとある事に関係する用事で伊東へ行きました。せっかくだからみんなで行ったら楽しかろうという事で誰そ彼スタッフや神谷町オープンテラスのスタッフから参加者を募り総勢11名(プラス現地合流3名)という団体で冬の遠足と相成りました。旅のコーディネイターは誰そ彼や本願寺ライブでお世話になっているミュージシャンのサワサキヨシヒロさん。温泉マニアで全国津々浦々の温泉を攻めていらっしゃるサワサキさんの解説をお聞きしながら伊東温泉に浸かれるとはなんとも贅沢です。そしてサワサキさんのご提案で、伊東までの交通はJRの青春18きっぷを利用しました。僕は18きっぷは利用した事がなかったのですが、集合場所でまず18きっぷ何たるかをご伝授頂き、皆である程度頭を使って目的地を目指すというプロセスがなんとも楽しかったです。11人だと4スタンプあまってしまうので、後で分けて使えるようにパーティー編成を工夫したり…正に青春!

伊東のたそがれ

自由行動時間は『妖怪Walker』を参考に仏現寺さんの天狗詫状羊羹をわけてもらいに行こうかと思っていたのですが、大掃除の疲れかお風呂上りにぐったりとしてしまい断念…。しかし、格安お手軽に伊東の素晴らしい海の幸を堪能し温泉にも入れて大満足の旅でした。プランを練って頂いたサワサキさんに感謝です!伊東+18きっぷ+日帰りはかなり相性が良いですので皆さんにオススメです。▼

投稿者 Takuya Endo : 12:29 AM | コメント (0)

November 01, 2006

名前をつけてやる

*「名前を考えるのは楽しい…。昔から、文字の入力余地が無駄に多いゲームが好きでした。真女神転生シリーズは冒頭のチュートリアルの中で何人ものキャラクターに名前を付けねばならないし、ひっさつわざの名前を決められるMOTHERとか、METAL MAXは所有する戦車それぞれに名前をつける事ができました。ゲームの中でのなまえは感情移入に大きく関わるので、そういうゲームは長く遊んだ記憶があります。…時は流れ、つかまえたポケモン一匹一匹に名前を考えるのには多少の面倒さを感じるようになったものの、それ以外の場面で名前を考える時はやはりわくわくします。
名前が後のその"なにか"の行く末を決定することがあります。僕の付けた名前では『誰そ彼』がそうです。"お寺の音楽会"という抽象的なイメージに対し、『誰そ彼』という名前が具体的なコンセプトを生み出し(後付け)ました。僕の大好きな妖怪も名前が本質であったりします。(というか名前しか無いやつがたくさん居ます)
現在も、名付けから興すという案件がひとつあり、前述のRPGのオープニングのようなワクワク感を味わっているところです。

最近、書店で暇つぶしに眺めた新書の本棚で目に付いたのは「名付けのテクニック」系の本です。それも子供の名付けではなく商品やサービスの名称を対象にしたものです。今まで読んだ事なかったと思いパラパラめくってみましたが、新書にありがちな浅く広くの割高感を感じて棚に戻しました。しかし、それらの本の中にブルボン小林さんの名付け本『グッとくる題名』を見つけ思わず購入してしまいました。ブルボン小林さんはコラムニストですが、『ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ』という"ゲームしない人でもたのしめるゲーム本"等を出されていて、ゲーム界隈のオサレで読み易い文章は大抵この方。
僕の"思わず購入"はかなりの即断でした、ブルボン小林さんを知っていたというのもありますが、目次を見た時点で笑ってしまったのです。寧ろ目次だけ見て購入。

目次抜粋)
4.題名自体が物語である 「脳手術の失敗」 「お勢登場」
7.古めかしい言い方で 「ツァラトストラはかく語りき」 「されど狐にあらず」
13.いいかけでやめてみる 「光ってみえるもの、あれは」 「飼い犬が手を噛むので」

グッとくる題名

実用書というよりはブルボン小林さんの名前に対する洞察眼や価値観を楽しむコラム本ですが、わりと一般的ではなさそうな類型でまとめられていてその視点が僕にとっては身近だったりするので、読むとスッキリします。スッキリした頭で考えると良い名前が浮かびそうです。そういう意味では実用的。

追伸:今週末は「MARASICAリリース記念ライブ in 誰そ彼」があります。3連休のなかびですが光明寺に是非いらしてください~▼

投稿者 Takuya Endo : 01:28 AM | コメント (0)

October 03, 2006

のすたるじゃ

*「先日、人の薦めでP.K.ディックの短編集を読みました。ディックを読むのは10年ぶりくらい。SFだからもちろん時代設定は未来なのですが、つきまとうこのなつかしさは何故だろう?久々に読んだからとか、昔に書かれたからとか、そういうのではなくて作品の世界全体を覆う色彩が褪せている。ずっとアンティークショップの中を歩いているような心持ちでした。読み進めるにつれ、かつて自分がその世界に居たかのような錯覚さえおぼえ、これはディックの描くSFの世界にノスタルジーを感じているのだと気付きました。本に限らず、音楽にだって景色にだってそういうものがたまにありますよね。郷愁のような感覚。僕のここ数ヶ月のキーワードはその"郷愁"だったのです。

発端は更に遡る事ウンヶ月前、人の家で何気なく読み始めた坪田譲治先生の『せみと蓮の花・昨日の恥』。予備知識も無く直感で人の本棚からチョイスしたので、それが彼の老成期の作品を集めたものだという事は後から知りました。『せみと蓮の花』というお話、主人公(=少年期の坪田)を取り巻く環境は決して幸福ではないのに、瑞々しい感受性と素朴で美しい生活のシーンが描かれ、それを読んで何故だか自分に対する焦燥感のようなものを覚えました。過去の日々。この話は坪田譲治自身が80歳を越えた時に、今までの自分を思い出しそれまで常に自分に付き纏っていた「死」をテーマに綴ったものです。「死」の裏返しとして少年期のバーフェクトワールドを実体験に基づいて描いています。実体験。80歳にして尚鮮烈に残るほどの記憶、ちゃんと拾ってとっておいた優秀な脳みそがとても羨ましいです。それで、僕を含む万人を惹きつけ、何度でも帰りたいと思えるノスタルジアを築きあげたというわけです。僕も一生のうちにカタチはどうあれそんなものを遺してみたいともやもや考えていました。

これら2作品は僕が偶々短い期間に遭遇した自分自身のノスタルジーのツボなのですが、他の人が接したところで郷愁の片鱗にも触れなかったりするのでしょう。また、僅かに重なったりもするのでしょう。自分のそのツボが段々と判明していくのは楽しいです。脳みそのせいか環境のせいか時代のせいか、残念なことに僕は坪田先生のような美しい描写の素材足りえる記憶は持ち合わせちゃいませんが、こうやって外部から自分にとっての郷愁のエッセンスを拝借しながらパーフェクトワールドを捏造していくのは人生の楽しみとなるかもしれません。そして僕が妖怪好きなのも、郷愁収集の一端という事もあるかもしれない。

[以下、近況]

邪魅の雫
邪魅の雫を読みました。まだ読んでない方も多そうなので細かい感想は書きませんが、昨晩の雨の中人ごみを歩きながら傘から傘へ落ちる雫の動きを見て思ったのは、相変わらず事件のモデリングを凝ってらっしゃるなあと。美学、があるのでしょう。それと、前述した"自分の世界"、"パーフェクトワールド"というのが作中で一つのテーマになっていたので僕としては勝手にシンクロニシティ…。
他には三橋一夫先生のふしぎ小説にはまっています。これも僕の郷愁の雫。

高瀬アキ
音楽は久々にジャズをよく聴いています。数年前に買ってよく聴いてなかったり内容を忘れたレコードがいろいろあったのでそれらを改めて。それと、人のお薦めでCDを借してもらったのですが高瀬アキというピアニストがとてもよかった。セロニアス・モンクやエリック・ドルフィーの曲をよく演奏していて、セシル・テイラーに共感を寄せているというピアニストなのですが、それらの方々のレコードを聴く時の気分によく似た印象を持てます。とんがっていて、あったかい、こんな人がいるなんて知らなかったなあ。ライブもみてみたいです。

Kelis Was Here
新譜ではケリスのやつが良かったです。暖かい質感のトラックやラップ風のヴォーカルに何故かTLCの2ndを思い出しました。ネプチューンズを卒業しキャラや飛び道具無しでもいけるという、KELISの実力が見れて安心。僕としては次のアイドルを探さねばという気持ちに。

Game Theory
ROOTSも新しいのがでました。ここ数作品のサウンドの振れ幅をROOTSの真ん中の柱で吸収したような安定の一作です。DEF JAMに移籍してセルアウトと思われたくなかったとの事。なるほロケット。前半でクエストラブが叩きまくり、後半はサンプリング主体。RADIOHEADを使ったりJayDeeへの追悼曲などおセンチなROOTSとなっていました。

郷愁の音楽には近頃出会っていませんが、この秋めいた空気の中、カーティス・フラーが吹くベサメムーチョを聴いて運動会を思い出したりしています。
僕も邪魅だとか邪ズだとか、あまり邪なことばかりしていると…▼

投稿者 Takuya Endo : 10:09 PM | コメント (0)

May 16, 2006

ベビーWii

*「“鬼太郎はベビーなんだ。二枚目じゃない”という水木先生の名言も届かなかった実写版鬼太郎の配役発表、先生ご本人は“一応”ナットクされているとの事ですが(本当だろうか…?)、僕はかなりしょんぼりでした。
そんなショッキングなニュースを横目にしつつもなかなかブログを更新できない日々をおくっているのですが、今日はどうしても皆さんに見ていただきたい映像があります。

http://www.smashbros.com/jp/movie/index.html
これこそ平和。なごむ。

この世界にはどうしたら行けるのか?
それは新しい任天堂のマシーンを買えば行けるらしいのです。今までレボリューションと呼ばれていて先日遂に正式発表されたアレ、次世代機『Wii(ウィー)』です。(http://www.nintendo.co.jp/n10/e3_2006/index.html

なんといっても楽しみなのは電源を落としたあともインターネットに常時接続しておいてゲーム内容のアップデートやユーザー間の通信がおこなえるということ。寝てる間にゲームの中身が変化してるなんて正に夢。まさゆめ。しかもバーチャルコンソールなるものを搭載していて、“ファミリーコンピュータ、スーパーファミコン、ニンテンドウ64、メガドライブ(セガ)、PCエンジン(NEC・ハドソン)のゲームソフトをインターネット経由でダウンロード(有償)しプレイ可能”との事。これがあったら他のゲーム機はいらないじゃないか。ゲームキューブはなんとなく手が伸びなかったのですが、その下位互換もあるらしいので今まで見送っていたあんなゲームやこんなゲームも遊べる。

しかしここで重要な問題は、欲張ったってそんなにゲームする時間がないということです。もうあとはWiiにベビーに戻れるタイムマシン機能をつけてもらうしか…。

とりあえずはいよいよ今月末に発売する『NewスーパーマリオBros.』で巨大マリオになって平和への第一歩を踏み出すつもりです。配管工だけど土管を蹴散らすゾ!▼

投稿者 Takuya Endo : 12:30 AM | コメント (0)

January 05, 2006

冬越え

*「あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。
年末年始は彼岸寺まつもと坊主のご縁で、金沢の乗敬寺という浄土真宗のお寺にて友人たちと年越しをしました。現在乗敬寺のご住職をつとめてらっしゃるのは、なんと刑事コロンボの声で有名な声優/俳優の石田太郎さん。大変お世話になった乗敬寺さんへの感謝の気持ちも込めて、金沢の魅力を伝える旅メモを記します。

kenroku.jpg

<交通>
いきなりネガティブファクターですが、東京からはアクセスしづらいです…。僕は安いという理由で夜行バスを利用しました。往復14000円くらいでトイレ付きリクライニングシートのバスに乗れます。新宿を23時に出発して明朝7時に金沢駅に到着。やはり夜行バスはやすつらい。

<天候>
かなり天候の変化が激しいです。到着した日は雨が降ったり晴れたりの連続で時折雷も鳴っていました。12/31、1/1は晴天が続いていましたが、それは地元の方も珍しいとおっしゃっていました。これだけ空模様がころころと変わって、冬に雷が鳴ったりするというのは情緒が感じられ、僕としては好印象でした。雪解け水の流れる音が、家の中でも、街の中でもずっと聴こえていてとても気持ちがよかったです。

<街並み>
“小京都”と称されるだけあって趣きのある古い建物が多く残っています。たそがれ時にはガス燈が灯って尚更雰囲気が良い。浅野川という川沿いの道から続く茶屋街がとても気に入りました。

<観光>
地図で見ると一見広そうな金沢の町も、実際歩いてみるとそれほど広くなく、ちゃんとルートを考えて天候が悪くならなければ散歩気分で大体歩いて回れます。市内観光に有用な安いバス“ふらっとバス”なども走っています。バスは“新バスシステム”なる安易なネーミングのシステムで情報管理されている親切設計です。

金沢城
…兼六園に入ろうとした所、早朝暇なタクシーのおじさんに止められ「利家とまつで有名なこっちの城を撮らなきゃ始まらん」的な事を言われて立ち寄りました。確かに門に続く橋は迫力があって良かったですが、これもタクシーのおじさんの言うとおりで中にはさほど汲むべき点はなし。

兼六園
…雪吊りで有名な兼六園ですが、少し高いところにあるので眺望が特に印象に残りました。一番の観光スポットなだけあって観光客で賑わっていました。

金沢蓄音器館
…おそらくマイナースポットなのですが、12/30は臨時開館でイベントをおこなっていたので寄ってみました。イベントの内容は「SP盤で再現!第2回紅白歌合戦」「SP盤で聴くベートーベン全交響曲」です。館内を見終えてイベント会場に行ってみると席が埋まってしまっていて入り辛い雰囲気だったので諦めたのですが、翌日の北國新聞に記事が載っていました。北國新聞に後姿で登場できそうだったのに惜しい事をしました。

金沢21世紀美術館
…年始の臨時開館だったために展示は一部しか見られませんでした。HPで見て想像していたよりも小さい建物でしたが、独特の構造故に迷っているうちに色々なものが目にはいってくるという感覚が面白かったです。おじいさんおばあさんがたくさん来ていて、「座れるところがいっぱいあっていいねえ」なんて話していましたが、まさしくその通りだと思います。

■ひがし茶屋街
…夕暮れ時がとても似合う茶屋街です。小洒落た土産屋が軒を連ね、職人的ともいえる意識の高さでもって世界観をたいせつに守っている観光地らしからぬ観光地。お化け手ぬぐいや幽霊の木版画絵葉書、フクロウのお箸などを購入。よいお土産が揃っています。

<喫茶店>
お洒落っぽい喫茶店も多くできているようですが、味のある古めの喫茶店も残っています。偶然入った「喫茶禁煙室」はネーミングセンスからも滲み出ている異空間でした(喫煙は可能)コーヒーの味も良く、何よりキャラの濃いマスター夫婦(?)によるあったか接客が旅情を倍増させてくれます。そのまったり感に思わずみんなで居眠りしてしまいました。

<レコード店>
2軒見つけて入ってみましたが、クラブミュージックは東京と似たようなラインナップ。中古の流通がさかんではないのか中古盤は割高で、新品のカタログはそれなりに揃っています。

<食事>
近江町市場があるので、新鮮な海の幸が絶品です。牡蠣、鱈、鯖、海栗、蟹、海老 などなど…とにかくうまくて安くてイイです。大晦日の夕方に市場に行くとべらぼうに安いという情報で行ってみたら、凄まじい投売りでした。甘海老山盛り1000円で持ってけ!とか。
珍しい加賀野菜はあまり食べなかったのですが、冬だけに鍋に活きる春菊・大根・ネギなどおいしかった。夏に行けたらきゅうりが食べてみたいです。
また、お酒需要の珍味系も豊富に用意されているので酒呑みにもフレンドリー。

<妖怪>
情報収集をあまりしていかなかったせいか妖怪スポットにはご縁がありませんでした。残念。村上健司さんの『妖怪ウォーカー』にも金沢市近辺の場所は二箇所しか紹介されていないのです。お土産屋によくある昔ばなしの本を開いてみると、『妖怪ウォーカー』掲載の「義猫塚」などは出ていました。北陸まで範囲を広げている本では、河童の証文や蛇女房など妖怪方面のお話も出てくるのですが…。

怪異・妖怪伝承データベースでも金沢市で検索すると28件しか出てきません。
・下記精肉屋は近江町市場にて発見
http://www.nichibun.ac.jp/YoukaiCard/2470010.shtml
[写真]

・金沢には俵屋さんという老舗の飴屋さんがあるのですが、飴買い幽霊の話がいくつか
http://www.nichibun.ac.jp/cgi-bin/YoukaiDB/namazu.cgi?query=%B6%E2%C2%F4%BB%D4%A1%A1%B0%BB&whence=0&max=20&sort=score

街全体が上品なので、妖怪らしい雰囲気があまり感じられません。寧ろ、宿泊させて頂いた乗敬寺さんが一番妖怪の雰囲気で、僕としてはとても嬉しかったです。

<年越し>
乗敬寺ご住職のご引率でぞろぞろと歩いて西別院へ行きました。鐘をつき、蕎麦を食い、いつのまにかの年越し。地元の方々が集まる本堂にて、乗敬寺ご住職や彼岸寺坊主二名も参加した新年のお経と焼香で2006年の幕開けです。今年はどんな年になることやら。

<温泉>
明けて一日から車で一時間程度の山中温泉に行きました。こちらでは彼岸寺ケンユウくんのお寺にお世話になりました。ケンユウ君のお寺からすぐのところに公衆浴場があります。無色無臭のお湯で、かなり体が温まる高い温度がよかったです。地元の方々の交流の場所という感じで、威勢良く交わされる新年の挨拶に日本のお正月の風情を感じました。
いつかケンユウ君のお寺でサワサキヨシヒロさんと『温泉誰そ彼』が出来たらなあと皆で想いを馳せつつ、仲間達と新年の語らい。

…と、うかれ気分でたのしく過ごした北陸でのお正月でしたが、東京に帰ってきたら今度は自部屋の寒さに負けて風邪をひいてしまいました。木造アパート1階角部屋の寒さは北陸以上かも。▼

投稿者 Takuya Endo : 10:42 PM | コメント (0)

December 15, 2005

word called quest

*「彼岸寺がリニューアルOPENしたようです。関係者の方々お疲れ様です。カトウさんのイラストの手描き感と妖怪テイストが、僕にはかなりワクドキな仕上がりとなっています。コンテンツも新たに整理・追加されていくようなので楽しみ。かくいう僕もその一部であるタソガレコーズの管理をしているのですが、ずっと更新をさぼっていてすみません…関係者の方々。このリニューアルを機に心を入れ替えたいです。

リニューアル彼岸寺に記載があるように松本坊主の日記が出版されます。はやりのブログ本というやつです。それのオビ文と著者紹介を依頼され書かせていただきましたので、書店で見かけた方は手にとってみてください。なんと表紙絵は本願寺LIVEのご縁のみうらじゅんさんの描き下ろしなので、その表紙にかけられるオビを担当できるなんて非常に光栄です。良い記念になります。これで僕も憧れのオビラーの仲間入りだぜ!…というのはモチロン冗談ですが、昔からこういう短い文字制限下での言葉遊びが好きなので楽しかったです。実際書店に行って意識して見てみると帯コピーって思ったより短かかったり。結局、目を引きそうな大事なキーワードだけで土俵いっぱい、という感じですがアイキャッチとして考えた文句が編集者の方にも笑っていただけたようで何より。何年かしたらブックオフで『ダディ』の隣に見つけるのを楽しみにしています。

こういう仕事ばっかりやって生計をたてている人の事をコピーライターというのでしょうか?僕はそう呼ばれている人を糸井重里さんくらいしか知らないのですが、幼心に「RPGをつくったり、ガキの使いに出たり、埋蔵金を掘ったり、バス釣りNo.1をつくったりして暮らしてるなんてコピーライターは幸せだろうなあ。おもつらい大人になりたいなあ。」なんて思っていました。
僕もおもつらくない大人になってしまった今、糸井さんの手がけた『マザー』で遊んでみると、彼のネタ帖を見ているような気分になります。所謂RPGというゲームジャンルのクリシェを逆手にとり、テキストとシンボルの僅かなアクションのみでにんまりさせたり、ハッとさせたりという手法が、後にも先にも無い“コピーライター”糸井さんによるRPG『マザー』のオリジナリティで、そこが特に評価されているのだという事がよくわかります。そしてこれも当時のROMカセットの容量という制限と戦った結果なのだから尚更美しい。
最近は知りませんが、ちょっと前なら日本の小洒落た美術館に足を運べば、「ヨーコのyes」っぽい雰囲気のロールプレイングが現代美術という札を貼ってたくさん並べられていた気がします。若かった僕はそれらに『MOTHER』のスタイルを想起し、これを今ラーメンズよりも気さくに成し遂げられるのは『RPGツクール』しかない!と勘違い、購入を検討しました…。しかし用意されているグラフィックが本気過ぎたのと、(当時は)他の『RPGツクール』ユーザーにしか遊んでもらえないという事で中止しました。危ない危ない。(今は配布可能なようです…)だから先生、僕もRPGが作りたいです。ブログ本畑では先輩の『鬼嫁日記』はゲーム化されるようなので、松本日記もヒットした暁にはもしやという事も…その時は僕に話がくるといいなあ。アイデアならいくらでも出しますよ。彼岸寺周りにはキャラのたったお坊さんが多いので、僧侶恋愛シュミレーションゲームとかいいかもしんまい。仏メモ。そしてそれをブックオフで…以下無限ループ。

ともあれ、言葉で体験する冒険はRPGに限らず楽しいもの。僕は名前をつけるのも昔から好きです。とるにたらないささいな事にでも、素敵な名前をつけると意外に広がったりします。後づけで色々な意味あいが出てきたり、びっくりするような偶然がおこったり。そこで、次なるクエストは僕が昨晩探していた名前に出会うまでのはなし。

最近、ノートPCを常に持ち歩いているのが恐ろしくなり、バックアップ用に外付けHDDを購入しました。250GBが14,000円で買えるなんてしらなかったです。安い。折角大容量を購入したので、安易にデジタルミュージックライブラリを作ろうとおもいたちました。好きなCDだけを選別してリッピングし整理していく作業はなかなか楽しい。買いたいCDを思い出すのにも便利です。僕が持っているフラッシュメモリのプレイヤーはリンゴのやつではないので、MP3をVBRでエンコードしていますが楽曲管理には便利なiTunesをつかいます。すると、ジャケット画像を探してきたり、ジャンルを指定したりと作業は増えるのですが、元レコード店員としてはそれもまた楽しいのです。
そこで悩んでいるのがジャンルです。TLCやジム・オルークなんてすぐに決まるんですが、自分基準で微妙にカテゴライズできない人たちが居ます。思い入れというやつがレコ屋の棚と違ってあっさりとは収められません。今回の悩ましい人々とは、David ByrneKip HanrahanArto Lindsayのアダルトサウンド御三家です。どの人たちも好きでよく聴くし、しかもなんか聴く時の気分が三者似通っている。グルーピングする言葉は無いが、どうせならシャッフルとかして聴いてみたい。そう思い、ネットでレビューを探したりライナーを読んだりして共通語を探してみたのですが見つからなかったのです。これはもう名付けるしかない!と決めて、今度は英和辞典サイトにてキーワードを変換し続けました。国境を意識してない感じがするからacross the borderはちょと呼び辛い、cross overだとクラブ音楽にそういうのあったし、混交で検索するとmixtureになってしまう…。じゃあhybrid!だと尻切れトンポだからhybrid pop?…なんとなく無理矢理な感じがするからボツ!、てな具合の不毛な言葉遊びを深夜繰り広げていたのです。結局決まらずに寝てしまい、カテゴライズされない可哀相なアダルト御三家はunknownなまま。

そして先ほど帰り道に寄った本屋で見かけた「特集 WORLD/CROSSOVER 再興ワールド・ミュージック」の文字。STUDIO VOICEの2006年1月号ですが、正に僕の悩みの解決策が出ていそうな気がしたのですかさず立ち読みしました。ふむふむ、WORLD/CROSSOVER LABEL GUIDEというページにはByrneのノンサッチとルアカ・バップが載っているが、Kip Hanrahanのamerican claveは出ていない惜しい…あ、でも「エキゾチズムでもサンプリングでもない 混交する音楽から繙くポピュラー・ミュージック・クロニクル」なんていい線いってる…と、思ったら出ました、サラーム海上さんや湯浅学さんらによる『移民の歌80選』。Kip Hanrahanと、ノンサッチから出しているZap Mamaが一緒に紹介されています。見つけたー!と思い嬉々としてカテゴライズワードを探すと“ハイブリッド・ポップ”…昨晩ボツにしたはずの“ハイブリッド・ポップ”ってあったんだあ、となんとも飲み込み難い後味でしたが、サラーム海上さんと湯浅学さんが(多分)言ってるんだから間違いなかろうと押し込めました。そして帰ってきて前述の250GBをUSBに差し込んで、待っていた御三家達を雑誌でこしらえた棚へ…。疑問符は完全に消えないものの、タイミング良過ぎだし仕方ない。もっと良い名前が見つかるまではそこで待ってろよ、御三家。まだまだ言葉探しの旅は続きそうです。▼

December 13, 2005

ふたつの墓 (爆発と浄化)

*「先週末は立教大学ラテンアメリカ研究所公開講演会を聞きに行きました。昨年も同講演会に参加したのですが、昨年の演題は「“黒い”サウンドとは?~アメリカポピュラー音楽を分析する~」ということで、講師の方の真っ黒なiTunesプレイリストや、黒いサウンドにのってのエアギターなどが素晴らしい講演会だった事を記憶しています。

今年の演題は前半が「環大西洋文化ネットワークの形成―スペイン内戦とメキシコ、その他の国々―」、後半が「イサム・ノグチ、岡本太郎とメキシコ」でした。前半は内戦によって大西洋を渡ったスペインの芸術家達の、物理的移動による新たな文化・思想の発生を、数々の文献を参考に現象として捉えるという講演。後半は、岡本太郎とイサムノグチの両名をメキシコという外国を媒介として重ね合わせるという試み。特に後半部で印象的だったのが、二人のお墓についてです。

まず、両者とも"古代人の目"を持つという共通点が挙げられていました。太郎は縄文の趣味があるし、イサムもモエレ沼公園のピラミッドなど、確かに何か原始の神秘的な力を大切に感じていたという趣向は一致しています。その対比で僕が面白いと思ったのは、同じ古代でも太郎は曲線が絡み合うようなグロテスクなうねりに惹かれていたのに対し、イサムは直線的な・地上絵に象徴される緻密で計算されたような洗練の美しさに共鳴しているという感じがすることです。イサムのUFO趣味という小ネタもなんとも興味深い事実として浮かび上がってきます。

また、「イサムの鳥瞰に対する太郎の跳躍・飛翔」という対比にも大変納得しました。スライドに映し出されたいくつかのイサムの作品には神視点というか、見下ろしている感覚をおぼえるものがあり、対し太郎の作品は一番有名な太陽の塔が全くそうであるように大地から上方へ向かっているものが多い。2003年にメキシコシティの郊外で発見された巨大壁画『明日の神話』について、原水爆に対する怒り・憤りをあらわしているが、それは単純なメッセージ・悲惨さの表現では無く、太郎にとってポジティブな色である“赤”と、メキシコに於いては同じくポジティブな意味合いで捉えられる骸骨を配する事で、原水爆のネガティブな力から更に新たなパワーを産み出すという太郎らしい超越の表現を見出す事ができます。一方、ゴミの埋立地であったモエレ沼に美しい新たな公園を設計したイサムは、「浄化」の方向であったという意向がとれ、ちょうど今の日本人の感覚にフィットしているような気がしました。

そして、二人のお墓について。イサムノグチ庭園美術館にあるイサムの墓は草に埋もれていて、丁度地球に栓をしたような形のものでした。正に鳥瞰と真逆。神視点から降りてきて最後はそっと地球の中に潜っていってしまったイメージで、なんとも彼の美学に沿っているような愛らしいお墓です。岡本太郎の墓は多摩霊園にあり、墓碑はブロンズ彫刻「午後の日(1967)」です。ある人は気味が悪いと言ったそうですが、故岡本敏子さんは「かわいい」とおっしゃったそうです(リンク先写真参照)確かに「かわいい」。地上から天上へ向かって跳躍を繰り返した太郎は、今は地上で頬に手をつき、上方に向かって跳躍を続ける後続たちを見守っているようなイメージがしました。お墓に行けば、『今日の芸術』の序文にあるように「私はここで、あなたと直接に、膝をまじえて語りあうような、らくな気分で話を」してくれそうな気がします。「反対の意見があれば、どんどん、ぶっつけてきてください。そして明朗に、積極的に、お互いの力でこれらの文化をもりたてていきましょう。」よし、今度ぶっつけにいってみよう、という気にさせられる、良い墓だと思います。いつか行ってみよう。▼

July 07, 2005

コミック・バトン

*「いとうゆきさんよりコミック・バトンがまわってきました。漫画版もあったのか…。
ヨーカイ・バトンとか作っちゃおうかな。1.あなたの妖怪の遭遇数、2.今 存在を感じている妖怪は?、3.最後に会った妖怪は?、4.思い入れのある妖怪は?…4以外なんか変か。

以下、コミック・バトンの回答です

1,あなたのコミックの所持数は?

 引越しで実家から持ってきたのは、水木30+水島30+その他120

2,今読んでいるコミックは?

 [続刊]
 ・ワイルドマウンテン/本秀康

 [既刊]
 ・宗像教授伝奇孝/星野之宣 (ブックオフ¥100しばりで収集中)

3,最後に買ったコミックは?

 ・汝、神になれ 鬼になれ/諸星大二郎

4,よく読む、または思い入れのあるコミック

 ・ゲゲゲの鬼太郎/水木しげる
 (→妖怪に会いに)
 ・ジョジョの奇妙な冒険/荒木飛呂彦
 (→黄金体験をしに)
 ・藤子・F・不二雄 SF短篇集/藤子・F・不二雄
 (→少しフシギなおはなし)
 ・少年あります。鈴木童話店/鈴木翁二
 (→あやしくも目にやさしい夏の夜のあかり。 )
 ・棒がいっぽん/高野文子
 (→夕暮れの光線の描写が世界一うまいと思う。)
 ・ムーミン・コミックス no.13 しあわせな日々/トーベ・ヤンソン+ラルス・ヤンソン
 (→「スナフキンの鉄道」に乗り、慟哭の夜を越えた)

5,バトンを渡す5名
 
 フリスクさん(HP/mixi)
 いたらきさん(mixi)
 TAKI-shitさん(mixi)
 つよしさん(mixi)
 harukaさん(mixi)

めんどい人はスルーしてちょ▼

January 05, 2005

新年クエスポだより

*「あけましておめでとうございます。昨年も相変わらず細々と更新していて、今年もそのペースは変わらないと思いますが、どうぞよろしくお願い致します。
というのも、昨年末『誰そ彼』のホームページ「タソガレコーズ」を作りまして、そちらの更新も行っていますので、力の配分上こちらがややおろそかになってしまう事が予想されるというわけです。おかげさまで、お寺の音楽会『誰そ彼』は昨年12/25に第五回を開催しまして盛況のうち2004年の幕を閉じました。マイペースですが良いイベントになってきたなあと思っています。そして打ち上げにあがた森魚さんがいらっしゃって、一緒にお酒を飲みながらお話ができたという忘れられぬ思い出もでき、今後も頑張ろうという意欲に駆り立てられております。

quexpoは妖怪ネタベースで書いていきます。本当は年末年始のどこかでプチリニューアルを目論んでいたのですが、正月は日本の神様の事を調べていて機会を逃しました。昨日から仕事も始まったのでプチリニューアルは少し先送りになりそうです。神様の調査結果は時間を費やした割には特に残らなかったので発表はナシ。女神転生とかで出てくる神様達の名前がかっこいいからってだけで、あまり興味が続かないらしい。

妖怪ネタといえば、これまた年末に鳥山石燕の住んでいた根津を訪ねてみましたが全く成果無しでした。地元は数々の文士を排出した土地なだけに、なかなかスポットをあてられる機会がないのかな…。かといって妖怪の居ない新年も寂しかろうという事で、ここをみている妖怪ファンの妖怪欲を満たす素敵なお年玉的リンクとして、「風眠庵」をご紹介します。風眠庵を運営なさっているのは彼岸寺にて「逢魔時」を連載している、四国の離島に住んでいるお坊さん加藤さん。彼岸寺で繋がった素敵なご縁です。加藤さんは来夏公開の映画『妖怪大戦争』のエキストラ出演のために上京なさっているというかなりの妖怪馬鹿です。そんな加藤さんが運営するとてもためになるblogです。デザインも妖怪にはかなり居心地が良い感じなので、皆さん訪れてみてまったり妖怪を考えましょう。

一昨日は新年のお参りという事で、水木大先生のお膝元・調布の深大寺に行ってきました。凄い人出だったので、ストイックに銭を投げ、みくじをひき、お守りを購入、鬼太郎茶屋で甘酒を飲んですぐに帰ってきました。水木大先生がまだまだ長生きなさいますようにとナムナム…。さて、クエスポの新年第一弾企画は一応毎年恒例でやっていた、よく雑誌である感じの“2004年私の10枚”を発表して、おろそかにしていた音楽面を補いたいと考えています。年末から綿密な選考を行っておりますが、あと3枚決め兼ねています。自己満足的なアレですが、興味のある方は是非お付き合い下さい。1月中アップを目標にしています。

では、quexpo、タソガレコーズ共々、今年もよろしくお願い致します。 遠藤 ▼

投稿者 Takuya Endo : 08:59 AM | コメント (0)
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