March 29, 2009
野武士のグルメ、百物語

*「以前誰そ彼にご出演頂いた久住昌之さんの『野武士のグルメ』を書店で見かけて思わず購入しました。装画は泉晴紀さんですが、"野武士"が飯を食っている場所は、僕らが2007年の暑い夜に初めて訪れた赤ちょうちん、そこで常連の久住さんに出会ったという思い出深い吉祥寺の居酒屋です。
色々思い出しながら遅めの夕飯のカレーをかきこみ、ビールをやりつつページをめくると、とてもおもしろくて一気に最後まで読んでしまいました。その間の消費瓶ビール(小)2本。
久住昌之 & BLUE HIPのアルバム『自由の筈』の帯には"全世代のツボを突いてる、笑ってホロリの「中央線ネイティブ・フォーク」ミュージック!!"と、書いてあります。この文句の"ミュージック!!"より前の部分はそのまま久住さんの他のお仕事にもあてはまるような気がします。年末、久々に飲む友人の誕生日が近かったので『孤独のグルメ』文庫版を買ってプレゼントしたのですが、なんかそういうちょっとした贈り物にも最適で、この面白さを誰かと共有したいと思った時に、それが誰とでも共有出来ちゃう懐の深さが凄いと思います。
今、東京は夜の1時過ぎ、カレーも食ってビールも飲んでおなかいっぱいのくせにこの本を読んだおかげで、こんな時間に冷やし中華が食いたい。麦とろ飯が食いたい。タンメンが、スキヤキが、昼下がりの井の頭公園で焼きそビールしたい…そんな気分で大変になっちゃってます。
久住さんのホームタウンである吉祥寺周辺の風景が度々登場してくるので、一時期近くに住んでいた身としては「これはあの店かな?」とか「そういえばサンロードにチェーンの牛たん麦とろ定食屋あるなあ」とか色々浮かんでくるのも楽しい。また吉祥寺周辺に住みたいなあ。
僕が住んでいた"吉祥寺近く"というのは、この本の中で「吉祥寺から新座栄行きのバスで北上すること十数分」と書かれている西武新宿線 武蔵関です。「武蔵関は杉浦日向子さんが住んでいた街だ。」というのも久住さんに教えて頂きました。正に「死んだ杉浦日向子と飲む」の項で久住さんが飲んでいる、杉浦日向子さんの遺した焼酎ボトルを指差しながら。
杉浦日向子さんの事を回想しながら久住さんが歩く武蔵関の駅前もよく知っています。銭湯は家の近くにお気に入りがあったので、駅前のほうには入った事がないけれど、なんでこんな場所に?といつも不思議に思っていました。武蔵関の部屋では僕もライ・クーダーをよく聴きました。杉浦日向子さんと久住さんの共通の音楽の趣味だったとの事。武蔵関の帰り道に買ったという新譜はどれだろう?猫のジャケのやつかな?
僕としては2~3年くらい前の思い出なのに、久住さんの思い出と何故か勝手にフラッシュバックして、僕の武蔵関の思い出もまるで遠いように思えてきました…。もうちょっとビールが飲みたいな、なんて思いながらも明日は花見を予定しているので余力を残して床につく事にします。ライ・クーダーの猫のジャケのやつを聴きながら。
オマケ
2008年10月25日にやった誰そ彼で配布したフリーペーパーに載せた、杉浦日向子さんの『百物語』についての文章を以下に再掲載します。ちょうどユリイカで特集号が出た時にそれを読んで書いたものです。
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シリーズ百鬼巡礼 十一夜
[ 怪異の解体と構築 ]
◆ アナタとワタシ、オバケとヒトの関係性
妖怪のどこが好きかと聞かれたら「深刻でないところ」と答えたい。驚かされたり、不思議な気持ちにさせられることはあっても、命までとられることはまずありません。人に害を及ぼすモノが存在したとしても、必ず何かしらの対処法が用意されています。
例えば"ひだる神"。コレに遭遇した場合、空腹感を覚え身体が動かなくなりひどい時にはそのまま死に至る、とものの本にはありますが、僅かでも食べ物を口に入れたり、手に米と書いてそれを嘗めれば回復するという攻略法も出ています。
子供の頃は、TVアニメの『ゲゲゲの鬼太郎』のエンディングで映る"枕返し"の姿に戦々恐々としていましたが、今思えば"枕返し"がする事といえば何てことはない、枕をあらぬところに飛ばすだけ、それだけの事です。それだけの事でも自分が寝ぼけて蹴っ飛ばしたのだと納得するより、"枕返し"のような存在がなんかしたと思うほうが(今思えば)楽しいものです。
こういったエピソードから昔の人々の暮らしや文化が垣間見える点も良いです。前述の"ひだる神"は遭難への警告となっていたり、"枕返し"は物を粗末に扱わない事といったような教訓がかぶせられていますが、それらをひとつひとつ剥くように辿っていくと、その間は先人の素朴な生活にはいりこんで旅をしているような気分になれるのです。かの京極夏彦先生も「妖怪研究はらっきょうの皮を剥くようなもので、その過程がたのしく、全部剥いてしまえば何も残らんのです」とおっしゃっていました。
そんな、怪異との「深刻でない」お付き合いのお手本が描かれた著作に杉浦日向子先生の『百物語』があります。一話語るごとに一つ灯心を消していく、所謂"百物語"の作法にのっとって紡がれていく九十九話の怪談。「まるで江戸に見に行ってきたよう」と形容される、精緻な時代考証や多岐に渡る引用でもって江戸に生きる人々が関係する怪異を鮮やかに描いています。
『ユリイカ 10月臨時増刊号 総特集 杉浦日向子』に再掲載されている中沢新一氏との対談『怪談都市、江戸。』の中で、杉浦先生は「日本の多くの幽霊は(西洋の幽霊のように目的意識が無く)'なんでわし、こんなとこ、おるんのやろ?' みたいに(迷うている)」それで「出てこられたほうも'しょうがねえなあ'という感じで面白い。」と語られていますが、『百物語』には「そんな感じ」が至る場所に表出しています。この「感じ」は怪談にドラマ性や教訓が持ち込まれる以前の、謂わば"怪談の原風景"とも言えるものでしょう。これらのシーンを杉浦先生は「場面のパズル」のワンピースと喩えられています。勿論それらのピースを組み上げるのが作家である杉浦先生の仕事でした。
また同対談では、昼と夜、この世とあの世をくっきりと分けたがる西洋の傾向に対し、日本には"誰そ彼どき"や"橋"といった"中間"が存在するという事の重要性を指摘されています。この、薄明で曖昧なエリアの存在が怪異を日常に受け入れる土壌となったのだというわけです。江戸も自然と文明の境界線という意味ではこのエリアに属するようで、そんな未成熟な"都市"に住み、不安定な"時代"に生きる人々の暮らしをなぞっていくには怪異というツールはある意味とても有用だったのだと思います。怪談の原風景を掬い取って再構築する事で"活きた江戸"を甦らせた杉浦先生は、実は"らっきょうの皮剥き"のほうの大先輩でもあったというわけです。 (文・遠藤卓也)▼
::過去の関連エントリー::
2008年7月 - 久住昌之&BLUEHIP→いとうせいこう&ポメラニアンズ≡→サーファーズオブロマンチカ(ジンキチつながり)
2007年12月 - 関のボロ市(武蔵関つながり)
2007年8月 - ルドンの黒、ジュークボックスに住む詩人(2007年の暑い夜つながり)
2006年7月 - 付喪神(つくもがみ)(武蔵関つながり2)
野武士のグルメ、読んでくれてありがとう。
「百物語」の話もおもしろかったです。
ユリイカの特集号、ぜひ買ってみます。
そうだ、杉浦さんの切り絵はまだ切っていなかった。
ぜひ切らせていただこう。
久住さん、コメントありがとうございます。
『野武士のグルメ』とても面白かったです。
早速、闇太郎で一緒だったお坊さん夫妻にも
絶対読むようにとオススメしておきました。
杉浦さんの切り絵、とても楽しみです!
ライブにもまた遊びに行きますね~
Posted by: 遠藤卓也 at March 30, 2009 05:02 PM










