March 22, 2008
山本精一 大友良英←Bjork
*「昨日の夜は山本精一さんの単行本『ゆん』刊行記念ライブへ行ってきました。会場では今の期間氏の画展も開かれており、絵に囲まれながら演奏を聴く事ができるという正に山本づくしの素敵なイベント。山本さんの演奏はボアダムスやROVOなどで何度も見ているのですが、大友良英さんと二人きりという小さな編成で至近距離というのは今までになく、僕は意味も無く緊張して臨みました。
ステージには二台のアンプと二本のギター。きっとステッカーのたくさん貼ってあるボロめのストラトキャスター(黒)が山本さんので、隣のエレアコが大友さんのだろう。エフェクターはなんだか色々と繋いであり、ゆるゆるっと登場してきた二名がそれに触り出すと徐々に空気が異化していきます。昨年の高瀬アキさんらのピアノ二台イベントの時も思ったけれど、二つの同じ楽器のかけあい演奏というのは、一つの時や他の楽器との合奏の時よりも"音って空気の振動なのだ"という揺ぎ無い事実をよく思い出させてくれます。一つの小さな波を起こしそれを電気で増幅させ色々な模様や音を描き出す、シンプルな事だけど二人のような巧者でなければ表現できないニュアンスがあります。
そして、前述の同楽器二台という編成のせいか、または演奏者の技術の賜物か、楽器ごとの個性も滲み出てくるようです。僕の好きな想い出波止場のアルバム『VUOY』の1曲目は『SPIRITS』というタイトルで、ただギターを「ジャーーーン」と1回鳴らすだけの曲なのですが、何度聴いたか数え切れないそのCDの「ジャーーーン」のシーンが何度もありました。僕はギターを弾かないのでギターの個体識別なんて今まで意識した試しもないのですが、ユニークなギターはわかるんだという事がわかりました。
二部はトークショーで、サイン会もありお腹いっぱいの一夜でした。例によってミーハー丸出しでサインを頂戴したのですが、時計の顔の男が連れた犬が大きなカップヌードルを背負っている絵を描いてくれました。
絵画展のほうは思ったよりも点数が多く、色のついた大きなサイズのものからFAXの裏紙の紙片の殴り書きのようなものまで、氏曰く"かき集めて"展示されてありました。インターネットには書いちゃいけないタイトルのついた、題名オチ的な一面を省いても(笑)魅力的な絵が多かったです。少し漫画っぽい画風で、メルヒェンな感性と淡い色使い等はどこか諸星大二郎先生を彷彿とさせ、僕好みでした。画展はまだやっていると思うので、お薦めです。
久しぶりに筆をとったついでに、遡って先月見たライブについても書きます。先月はビョークの武道館公演を見に行きました。仕事で行けなくなってしまった人の代打として行ったのですが、これがとても良かったです。ビョークは『Vespertine』以降あまり聴いてなくて、最近の曲はティンバランドとやった曲くらいしかチェックしておらず今どんな感じなのか見当もつかなかったのですが、まずはマーク・ベルがまだ居た事に一安心。選曲も頭からヒット曲出し惜しみ無しのパワープレイです。ビョークは原色の衣装を纏い、同様に派手な衣装のブラスバンドを大勢連れています。このブラスバンドとマーク・ベルという組み合わせが絶妙で、特にArmy of Meのクレイジーなアレンジや、Hyper BalladのLFOマッシュアップで武道館が踊る姿は圧巻でした。件の衣装やステージセット、ライティングも相俟って、これが噂のモノノケダンスかといった具合です。
前にビョークを見たのが98年のフジロックでホモジェニックの頃だったのですが、今回はそのホモジェニックから結構やってました。ただあの時ストリングスだった音が全て金管になっているので緊張感やシリアスさが抜けて黄金色の温もりが出ています。しかしやはりどこか物悲しさを湛えているというか、なんともヨーロッパな音色。その物悲しい音色のせいか知りませんが、まるでセカンドラインの葬送曲に聞こえてきて、ビョークの声と踊りには何かに対する弔いの祈りのようなものを感じました。ホモジェニックはまっすぐな生の印象のアルバムでしたがどこか高いところに居るのに対して、どうも今回のアルバムは同じ"生"をテーマにしつつももっと身近で生々しいもの。裏返して"死"、また裏返して"生"みたいなストリート感が感ぜられるのではないかと。
…と、思って早速新しい『Volta』を聴かせてもらったらやはりそのように思えてきてならず、写真のビョークの妙な化粧も見知らぬ国の民族が死人にする化粧に見えてきました。▼











