July 25, 2007

Japanese suburban symphony

*「もう先月のことですが、『藤森建築と路上観察 - 第10回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展帰国展』をみにいきました。

建築史を研究された氏ならではの、先人の知恵を活かして今に挑むスタイル、路上観察の賜物といわざるを得ない豊富なユーモア、それと建築家としてのロマンティシズムが見え隠れするとても楽しい展示でした。帰りには偶然ご本人もお見かけすることができ、大変満足をしたのですが、そこに併設されている本屋で買った本がよかったので久々に書きます。

考現学入門

今回ご紹介したい『考現学入門』の著者、今和次郎という方をご存知でしょうか?いまわじろうさんではなくコン・ワジロウさんです。今氏は一時柳田國男先生の門下で、後に破門されたという事らしいのですが、それはあくまで自称であり、自ら去ったというのが実のところのようです。出は東京美術学校の図案科で、早稲田の建築学科で教えた後、「これからは農村だ」と言い出した頃の柳田先生に附いて日本全国を一緒にまわり農村のスケッチ等をしていたそうです。この本の編集をされている前述の藤森氏曰く、目に見えないものを言葉で集める柳田先生に対し、目に見えるものの形を描いていく今氏は、年は離れているものの名コンビだったのです。「目玉を親父とする鬼太郎のような今氏」と藤森氏は洒落て鬼太郎に喩えてらっしゃいましたが、今氏の文章を読んでいると貸本時代の鬼太郎のような飄々としたキャラクタが確かに似合っているような気がします。
彼は、自分が信じていた"目に見えるたしかなもの"が崩れ去ってしまった関東大震災をきっかけに、柳田民俗学を離れて『考現学』へと歩み始めるのです。

『考現学総論』の中では考現学と民俗学の違いとして具体的な説明述べていて、ここに柳田先生の下を去った理由が見えています。
「(ひとつの村落に)家が六軒あるとする。そして、それらの屋根が(A)草葺一戸(B)瓦葺二戸(C)およびトタン葺が三戸 あるとする。そしていま民俗学者がこの村に探求に出かけたとした場合、ほとんど例外なく一戸の草屋根の家に集中し、現在の村の全舞台を忘れて注意力がそれに集中されてしまうだろう。(中略)すなわち彼は一区域における多数のもののなかから限定した数だけの研究対象をつねにつかまえて他への注意-学的な注意-をおよぼさない。(中略)しかるに考現学においては、それらの事象全般をまず注視の対象とする。そして第二段として個々のものにふれてゆくのである。」
柳田先生と農村を歩き回っているうちに、この視点のズレに気付かれたのでしょう。
更にその根幹を成す"(考現学の)研究態度"についての記述が素晴らしいです。
「現代人の生活ぶりを動物の行動や習性を注意する観点と同じ立場からみる。動物学者や植物学者が動物や植物にたいしてもつ態度と、われわれがわれわれの対象たる文化人に向けるのと変わりがないのである。考古学の態度と照らしてみると、それは遺物遺跡に対する心境である。街のショーウィンドーの品物を歴史博物館の陳列品と同列にみるのである。このようにわれわれは眼前の存在を学的対象として尊重しながら、それらの分析と記録とを遂行していくのである。家庭における室内・押入れの内部・集会所・モダンガールのさまよう姿、それらのうちに立ち、それらの前に立って研究の仕事に従事している間、その室内、そのモダンガールの存在において、われわれはわれわれ自身もそこで生活している舞台だということを忘れているのである。そのわれわれの研究態度をわかりよくいえば、眼前の対象物を千年前の事物と同様にキューリアスな存在とみているかのようなのである。」
自らが生きる生活の舞台を研究対象とし、それら研究対象に接するという行為は、研究者自体を生活の舞台から乖離させるという奇妙なパラドクスを生み出すようです。この、日常にふと出口を見つけるような感覚は、僕が日ごろ探している感覚に近いような気がして非常に羨ましく思いました。
そして最後に、その純粋な感動と熱が愛嬌のある彼の文章にダイレクトに映し出された名文を引用したいと思います。
「(郊外の調査に於いて見られた商人の姿を称して)子どもの眼には、とくに静かな郊外の家に住む子どもたちには、これら種々の姿は移動博物館の陳列の役をしてくれるのではないでしょうか。空想を盛んにしますならば、あの、レコードのなかにあるベートーベンのパストラル・シンフォニー、あれは私にはたまらなくうれしいのですが、あんな風味がこれらのものの錯列のうちに感ぜられないでしょうか!まさにJapanese suburban symphonyがここにあるんではないでしょうか!(中略)家庭の人たちにはすべてまる味があり、柔軟な感じがみちているのに対して、これらは鋭角でいなづま形です。生垣や赤瓦などをも加えて、昼あるいは夕方の郊外シンフォニーの全幅員をここで考えておこうじゃないですか!」
この箇所は研究の最中に今氏が異世界にふっとんだと思われる箇所でとても気に入りました。僕も、住んでいる武蔵野~練馬の夕暮れの中に遠い日のJapanese suburban symphonyへの入り口を探しています。

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…と、今回は引用ばかりの長文になってしまいましたが、僕が日ごろ憧れている言葉にし難い感覚を的確に美しく文章化していらっしゃっるもので…いや~すごいナア。▼

Posted by Takuya Endo at July 25, 2007 02:03 AM
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