March 26, 2006
さよならアメリカ さよならニッポン
*「僕が最近知って嬉しかった事のひとつに“さくまあきらが学校の先輩だった”というのがあります。ジャンプ放送局で育った世代ではありますが、特別ファンというわけではなく、桃鉄は好きだけど買った事は無い。では何故嬉しかったのかというと、同じ経済学部を卒業していたからなのです。桃鉄の産みの親と同じ経済学部、なんとなく自分も何か作らなきゃという妙な使命感に駆られると同時に誇らしい気分、誰かに自慢したくなるような気分になりました。
というのは前置きで、有名人が学校の先輩だったくらいのハナシはどこにでも転がっているでしょう。それはミーハー気分で他人に話すくらいの役にしか立たないのですが、一方的な親近感を一歩越えて“ご縁”くらいになったら「やったね」ってなもんだと思います。
さて本題。卒業して数年たつものの、学校自体とはまだ腐りかけの縁が残っているようで、たまに貴重な情報が転がり込んできたりします。今回キャッチした情報は、立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科の連続講演会第4回の講師が細野晴臣さんだというものでした。確か細野さんも立教大学卒業生ですので、これも一方的に親近感を感じていた有名人のひとり。喜び勇んで駆けつけた会場は、僕が所属していたサークルもライブに使っていた9号館大教室でした。ここにもまた一方的な親近感がひとつ。
そんな、母校を介した僅かなご縁なのですが、お蔭様で貴重なお話や音源を聴くことができました。
立教大学大学院 異文化コミュニケーション研究科 連続公開講演会第4回
「異文化の音、自然の音 - 音楽を<異化>する」より
生まれおちた時点で家にあったという大量のSP盤、“タイコのレコード”と呼んで気に入っていたブギウギのSPを聴いて育った幼少時代。掘っても掘っても尽きなかったであろうアーカイブに囲まれているという羨ましい境遇の細野青年が受けた最初のショックはBuffalo Springfieldだったそうです。ただそこにあるものでもない、エンターテイメントでもない、アートでも片付けられない“Something Else”に音楽のマジックを感じたそうです。例えば、とプロフェッサーロングヘアのルンバブギーを挙げていましたが、カリプソのリズムのスイングとブギウギピアノの8ビートが出会った時に生じたエネルギー・興奮のように、違うものが出会う場所が非常に大事であるとおっしゃられていました。そんな境界音楽の代表例として、細野さんがご自宅から運ばれたというSPプレイヤーから流れてきたのはナント『Hong Kong Blues』!!9号館大教室で細野さんと一緒にホーギー・カーマイケルを聴けるなんて光栄な事です。しかも異様に盤の状態がいい。この曲は『泰安洋行』でも取り上げてらっしゃいましたが、聴いて以来東京の景色が面白くなった(少し頭がオカシくなってしまった)きっかけの曲だそうです。
他にも、セニョール・ココナッツによるYMOのラテンカヴァーや、Van Dyke Parksが『Discovery America』内で取り上げていた『Bing Crosby』(という曲)のカリプソ原曲など、興味深い音源満載でした。
貴重な体験というと、コメンテーターとして参加なさっていた三上敏視さん(東京シャイネスのアコーディオンも担当)と共に公開リハーサルも披露してくださいました。公開リハーサルとは、リハーサルなので間違えても良い、譜面をみても良い、というライブで間違えがちな細野さんならではの発明のようで、昨年末の九段会館でも試みられていました。今回のリハーサル楽曲は前述の『Hong Kong Blues』と『Chattanooga Choo Choo』でした。『Hong Kong Blues』は『泰安洋行』バージョンよりもホーギー・カーマイケルの歌に寄せた具合でとてもかっこよかった。
音楽をつくることについての説明が細野さんらしくてとても良かったです。
例えば印象的な夢を見た時、覚えておきたい夢を見た時に、その夢についての手がかりとなるようなキーワードを探す事があると思います。しかし言葉にすると、自分が見たあの夢とはどうも違ってきてしまう。全体像をキーワードの集合で捉えるのではなく、ホログラフィーのように覚えておくのが夢を記憶に残すという事、思い出すという行為であるとおっしゃられていました。そしてその行為と音楽をつくる行為がとても似ていると言うのです。自分の中に眠っている夢のような何かを、メロディーではなく響きにしていくというのが細野さんの音楽観という事でした。
またレコーディングという事についても興味深い意見を述べられていて、子供の頃にグレン・ミラー・オーケストラを生で観に行った時にレンジが広すぎてつまらなかった、自分が夢中で聴いていたレコードと違ったのでつまらなく感じたそうなのです。やはり、その時代の空気感というものが確実にあって、その音をカタマリとして記録する、周波数帯域で切り取りひとつの世界をつくりだす事で、音楽のマジックを呼んでいるのだと。
…僕は音楽的なボキャブラリーの少なさを抽象化やイメージ化によって補ったり、そういった聴き方をよくしてしまいます。そんな僕にとってはこの“音楽のマジック”の話はとても頷けるものでした。そして確かに、周りで特に古いレコード(SP盤)好きの人はよくこんな話をしているのです。▼











