November 29, 2004
大(Oh!)水木しげる展 (前編)

*「昨日はアリャマタコリャマタ先生こと荒俣宏先生の講演会があったので、江戸東京博物館で開催されている大水木しげる展に遂に行ってきました。
13時半会場先着順400名までという講演会。これは朝から大行列だろうと思い、11時に両国に到着、すると一人も並んでるヤツなんて居ませんでした…。取敢えずお昼ご飯を食べて、鬼太郎プリクラを撮ったり、こんなものを作ったりして時間を潰し、50分前くらいになると漸く人が並び始めました。
勿論ポールポジションを陣取り、早起きのツケと戦っていると荒俣先生登場。思ったより頭髪が寂しくいらっしゃられ、そして思ったよりお太くあられる…。水木大先生に“アラマタ象”と称される程の事はあります。
まずの話題は例の角川大映スタジオ火災事件から。来夏公開の『妖怪大戦争』の準備一式が燃えてしまい、祟りだナンダの話もあったそうですが、結局は電気系統のトラブルだったと判明したそうです。1月までに準備し直して何が何でも来夏公開を目指すそうです。その映画の監督を務める三池崇史監督に“妖怪とは何か?”を説明するのに大変苦労したが(三池監督は、大映だしと特撮モノを作るのだと思っていた)水木大先生に1時間会わせたら一発で理解してくれた。というイイ話に始まり、兎に角水木大先生(=妖怪)にまつわるイイ話のオンパレードでした。
『世界痛快妖怪航海記』とカイが4つ続くこの講演会は先日出版された荒俣先生の本『水木しげると行く妖怪極楽探検隊』をベースにしたものでした。[妖怪に会う・見る] 為に二人は世界を旅しました。例えばジャングルの奥地で行われているお祭りや、ヨーロッパの貴族が作った庭園等に、妖怪を[発見]しに行くのです。西洋人は発明が得意で日本人は発見が得意である、というのは妖怪の分野でも言い得ていて、水木大先生は正に発見の名人。15c~16cの西洋人が大枚費やして制作した怪奇趣味の庭園を見て「よく作るね西洋人は、私達は見つければいいだけだ」と嬉しそうに言うそうです。
例えば多田克己さんの本のように、色々な土地の話の中に妖怪を発見したり、古今東西の文献上に現れる妖怪達を捉えるような妖怪研究が一つの基準となっていると思いますが、妖怪の生みの親である水木しげる大先生のやり方はもっと直感的。精霊と暮らしているような部族の祭りに入って音を聴き、自分も踊ったり、自然が作り出した不思議な形の岩を見たり、それをカメラで撮って集めたり、そしてその写真を自らの絵に起こす事で、寧ろ妖怪を作り出してしまうのです。
こういった、水木大先生が妖怪を探しに行く場所・妖怪に会える場所というのは理路整然とした秩序だった場所では無く、入り組んだ樹々が茂るジャングルや、グロテスクな模様や石像のある怪奇庭園のような混沌とした場所でなければ駄目なのです。色々なものを見つけ出すことの出来る造型、幾様にも解釈ができるおぼろげで曖昧な場所こそ妖怪が住める場所なのです。だから少し前に流行ったようなミニマルなんてもってのほかです。両義的な世界にこそ自分を解放する鍵があると思います。「この世界をグロテスク模様として見れば、不幸も幸になれる。」これは自分の“愉快な世界”をアウトプットなさって影響を及ぼしている、水木大先生言う所の幸福病感染者を増やし続けている保菌者の大先生ならではの思想だと思います。先ほど述べた妖怪研究者の多田克己さんもこの幸福菌の感染者ですが、彼は所謂怪獣マニアが昂じて妖怪馬鹿になってしまったと述べています。円谷プロの怪獣の造型は正にグロテスクそのもの。荒俣先生もしきりに使っていた“グロテスク”は矢張り重要なキーワードなのです。 (後編へ続く)▼
Posted by Takuya Endo at November 29, 2004 02:44 AM










