June 17, 2009
志怪棚 一段目
*「この頃志怪に心惹かれています。志怪とは乱暴に言ってしまうと中国の怪談という事になるのですが、厳密に捉えるならばチト違う。『怪談文芸ハンドブック』によると、志怪とは文字通り「怪を志す(しるす)」という意味で、怪異奇聞を“あったること”として記録することに主眼が置かれていたとの由。つまり実話志向というか、寧ろこの志怪をもってして「世の中には不思議でないものなどないのです。」という事を明らかにしてやろうくらいの気迫で集めた怪異な記録集なのです。志怪は漢代末に始まり、唐代に入ると段々と物語へと移行していき、伝奇というジャンルが成立するわけですが、どれが実話でどれがお話かなんて判断はそもそもが不可能なので、結局その境界は曖昧です。
志怪に限らず古今東西の不思議な話を読んでいると、どうしたって忘れたくない愛すべき、または恐ろしい話があるのです。それが実話かどうかはいいとして、寧ろ実話だったら素敵だな、または怖いなという意味を込めて僕は僕なりの志怪を集めてみようかなと思っています。それをMy志怪棚に納めて、いつでも参照できるようにしようと。
今の時代、なかなか口承を収集するのは難しいですから、どうしたって活字からの採録になるわけですが、まるまる複写も芸が無いので、事実を曲げない程度に僕なりにエディットしたいと思っています。収集対象も別に古い中国だけに限定せず、国も時代も媒体も嘘も本当も構わずにいきましょう。
というわけで、そんな志怪棚の一段目をおおくりします~
■ 志怪棚 一段目
一、山中にて宴をする人々あり。人々は次々と肩車をし始め、どんどん梯子のように高く天に向かい伸びていった。遂にそれはぱたんと倒れ、道となった。(聊斎志異より)
二、夜中に拍手の音や声がする。あやしんだ家人が音のするほうを覗き見ると、それは枕としゃもじであった。(捜神記より)
三、日本橋は茅場町にある錦という鰻屋での出来事。錦では鰻の他にも泥鰌(どじょう)や泥鼈(すっぽん)も扱い大変繁盛していた。中庭には大きな池があり、沢山のすっぽんが放されていて、天気のいい日には池から出てきて岸や岩で遊ぶのが見られる。
ところで、客が奥座敷に通り鰻やどじょうを頼んだ際は彼らも平気で遊んでいるが、ひとたびすっぽんをあつらえると、彼らは不思議にも皆池の中に飛び込んでしまうという。(曲亭馬琴の知人、関氏談)
四、京で名高いすっぽん屋に、或る人が3人連れで食べに出かけた。門口に入るとひとりの男が立ち止まり、俺は食うのをよそうと思うと言う。他の2人もすぐに同意して引き返してしまった。見るとお互い顔の色が変わっていて、一、二町の間は黙って歩いていた。やがて1人の男が、やめると言い出した男にむかって「何故食うのをやめたのか」という質問をした。その男は身をふるわせて、実に恐ろしい事であった、店の帳場のわきに大きなすっぽんが炬燵に寄りかかっていたので、不思議に思いよくよく見ると、すっぽんではなく店主であった。…それを聞くと他の2人も溜息をついて、実は俺たちも同じものを見たのだと言った。(伴藁蹊談)
[コメント]
(一)と(二)は初っ端なので志怪と言えば!な、二冊より。こういう短くて少し不思議(SF)な感じのが好み。(一)なんて、怪談じゃなくってまるで詩ですね。しりあがり寿さんが漫画にしたら良さそうなお話です。
(三)と(四)は曲亭馬琴の『兎園小説』に拠る。友達の少ない馬琴が珍しく親しくしている関氏の家で、同じく友人の鈴木有年も迎えて披露しあった魚妖数編より。関氏が口火を切った(三)はなんとなく浮かぶ絵も微笑ましい少し不思議(SF)調ですが、馬琴が「友達の友達の話なんだけどサ~」と語り出す(四)は恐ろしい。これは是非諸星大二郎先生に漫画化をお願いしたいです。実はこの後に更に怖い、鈴木有年の叔父の話が続きましてこれも鰻ネタでかなり志怪っぽいリアルな話なのですが、少々長くて生々しいので志怪棚には向かないかなと。気になる方は言って頂ければ僕が語りに参ります。▼
June 02, 2009
Tasogare means "Who are you?"
*「誰そ彼 Vol.14終了しました。梅雨入り前、じとっとした空気のどんより空でしたが、沢山のお客さんにご来場頂きました。来てくれた皆さん、演奏してくださった皆さん、有難うございました。そしてスタッフの皆さん、お疲れ様です。
かなりの湿度と外は少し肌寒い温度だったのですが、今回の誰そ彼にはそれが凄く合っていたと思います。Audio Sutra Sound + Kenji Ikegamiさんの演奏は、ダビーなトラックと鍵盤そして尺八の音色という取り合わせがひんやりとした空気感を放っていて、正に今日の天気にうってつけ。池上さん曰く、尺八も湿度があるほうがよく鳴るとの事でした。たしかに何とも言えずよく響き、お寺に尺八というマッチングの良さを実体験できました。
Andrea Valviniさんはミニマルなサウンドを想像していたのですが全然違って、非常に豊かに変化するストーリー性に富んだエレクトリックミュージックでとても楽しめました。最後の曲は(Massive AttackのKarma Comaと同じネタ?)まるで異国のお祭りのようで、これもじめっとした空気がよく合う。本堂の中心で何やらメッセージを唱えながら大きな体を揺らすAndreaは紛れも無く誰そ彼の人でした。
ジュネーブでも畳に布団で寝ているAndreaですから、お寺の大きな和室での打ち上げもとても喜んでくれました。Andreaとのコミュニケーションは今回の誰そ彼の大きな楽しみの一つ。中でも、『tasogare』という言葉の意味を問われた時に、英語ならば"dusk"や"twilight"ではないかと言ったところ、フランス語圏のAndreaとしては"twilight"がわからなかったらしく、皆で英語で「tasogare」を説明する流れになったのが面白かった。その過程で「たそがれは瞬間の事だ」、「いんや、たそがれは段階的な変化を指すんだ」なんて、みんなの"たそがれ観"が飛び交いました。きっとどれも正しい。ようやくAndreaが解してくれて、なるほどフランス語の"Crepuscule"かと納得した時には3ヶ国語を通じた『tasogare』の共通理解が生まれ、なんとも言えぬ満足感。
(打ち上げ風景。杉生Pのtwitterより。右側にAndreaが!)
とは言え、僕はこういうつもりで誰そ彼を名付けたワケですから、やはりちゃんと『誰そ彼』の由来を説明しないと、と果敢にトライ。オレナリ英語且つややドランクだったのでちゃんと伝わったか不安が残りますが、僕が語ったストーリーをAndreaは気に入ってくれたようで掲題の合言葉にも膝を叩いてくれました。少しでも妖怪の雰囲気を感じてくれたかな。
写真は誰そ彼のクライマックス、おみこしが鳥居をくぐるところ、というのは勿論僕が飛ばし過ぎたジョークです。誰そ彼翌日においしい食べ物を求めて両国~浅草橋間を歩いた時に出会ったおみこし。銀杏岡八幡様のお祭りでした。▼
May 27, 2009
他力本願でいこう!2009、怪談文芸ハンドブック、幻想文学第44号
*「いよいよ今週末に誰そ彼 Vol.14をやります。スイス人のAndreaによるミニマルテクノ VS 尺八奏者のKenji Ikegamiさんという組み合わせは絶対に面白いはずなので、空いている方は是非遊びに来て下さい!!
それとこの夏もお楽しみ、恒例となりました『築地本願寺ライブ 他力本願でいこう!2009』も動き出しました。先日、第一回目の打ち合わせを行ないまして、今年もなかなか面白いイベントになりそうな手応えを感じました。8/22(土)開催予定ですので、今から皆さん空けておいてください~。
サイトもオープンしました。
http://hongwanji-shutoken.net/tariki/
杉生Pがtwitterに初挑戦中です。応援しましょう。
あと、宣伝が続きますが誰そ彼メルマガ『誰彼通信』の第二号も無事発行と相成りました。1ヶ月遅れでバックナンバーをサイトに掲載していっています。こちらをご覧になって興味をもたれた方がありましたら、是非ご登録願います。登録は誰そ彼サイトの左上のテキストボックスにメールアドレス(PC推奨)を入れて送信頂くか、僕に直接メールでアドレスを送ってください。
誰彼通信のバックナンバーはこちら
http://www.taso.jp/cat/
僕は『たそがれ往来紳士録』という連載をしています。"3分間でわかる異界のモノ達"をテーマに、短いテキストの中であっちとこっちを行き来している曖昧なやつらの愛おしさを伝えていきたいと思っています。(NO.002にて既に長文化が進んでいますが…)

そのNO.002では太歳をテーマに取り上げてみました。最近の僕の中国への興味を徐々に出していきたいなと。その最初の試みが太歳です。
東雅夫さんの『怪談文芸ハンドブック』という本がとても便利でタメになるのです。これは"史上初!「即効性」怪談入門ハンドブック"を謳っておりまして、確かにこれは「即効性」!怪談の起源と捉えられる古い話から、どのような変遷で現在に至るかをスッキリと体系立てて見られるのが嬉しい。おぼろげながら知っている知識が、徐々に位置を持ち自分の中で整理されていく感触が気持ちいいです。引用も絶妙で、書名の羅列も安心感に繋がります。読みたい本が一気に増えて大変です。
怪談の歴史を紐解く第二部の第一章「古代の文学と怪談と」では、中国における怪談文芸の系譜を紹介しています。このパートだけで、暫くの僕の中国熱を満たしてくれる書名がいくつも手に入りました。
取り敢えず、竹田晃さんという方が六朝志怪や唐代伝奇研究のエキスパートとの由、彼が寄稿している『幻想文芸 第44号』を入手してみました。特集は「中国幻想文学必携」という事で、今の興味にずばりな内容です。竹田晃さんの文章の中で早速とてもグッとくるご指摘を引用
“中国の冥界は山道を歩いているうちについ迷いこんでしまう土地であったり、再生の許しを得た場合には自力で歩いて帰れる範囲に想定された世界であったりする。”
…そうそう、こういう"ご近所異界"な感覚に惹かれます。境界がはっきりとせず、ゆるやかに異界に迷い込んで、ゆるやかに帰還。切り替えのタイミングが定かではなく、そのポイントを想像するのが楽しいという。
同書には14年前の京極夏彦さんのインタビューも掲載されてました。ちょうど、『狂骨の夢』が刊行される頃。この当時に「怪談の瀕死」を指摘されており、怪談の復興をしたいとおっしゃってます。実際この後、ご自身でも怪談をテーマにした作品を書いてヒットさせたり、最近では『耳袋』を現代語訳&アレンジした『旧怪談』等の作品も出したりと、本当に"怪談復興"に携わり成功させている。東雅夫さんが『怪談文芸ハンドブック』のような良い本を出したというのも、この脈々と続く"怪談復興"のひとつの到達点だと思います。▼
May 05, 2009
鉄鼠の餅、午前11時の仏教放談
*「先週末、ようやくたそがれスピーカーの耳毛を切りました。器用な新人の初仕事によるパテ埋めでスキマもキレイにふさがれ、あとはスピーカースタンドに見合ったビスを買えば完了。お好みに応じて塗装といったところでしょうか。
たそがれ奉行所からスピーカーを運び出す際に、鼠用のトリモチを踏んづけてしまうというだっさいドジをやらかしました。当たり前だけどトリモチって凄い威力!靴下をはがそうとした時に手についたモチが洗っても洗ってもとれないんです。あとに触るものたちに粘着が伝染していったりと、街のちょっとした"困った人"(イメージとしてはジャック・ブラック)に自分がなってしまったようで大変悲しくなります。かかったエモノのサイズとしても鼠のようにかわいいものではなく、僕は所謂"大きなおともだち"スケールなのでさながら鉄鼠にでもなったキブン。別に頼豪のような恨みもないし経典はかじりませんが。鉄鼠がトリモチで退治されてたらおもしろいな。
そしてゴールデンウィーク故のゆるゆるマインドで神谷町から新橋へ流れ、「ビアライゼ」というビアバーで泡のきれいな生ビールを数杯いただきました。ビールの注ぎ方ひとつでこんなにも飲み口が変わるものかと膝をたたく。
最近、正に僕の第二邸宅となってしまっていて大変申し訳ないなと思いつつもついお邪魔してしまう居心地の良い両国の"我が家"へ帰ってワインを飲みました。
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明けて昼前に両国の街へ出たらお祭りの真っ最中。『第7回 両国にぎわい祭り』との事で、街全体にちゃんこのにおいが漂っています。なんだかとてもお腹が空いてきたのでちゃんこを買い求め、アサヒビールののぼりはためく青空に後ろめたさを感じながらまたも飲酒。両国にて男二人ちゃんこオン・ザ・ストリート。午前11時。
昨日からの飲酒パートナーは誰そ彼メルマガにて『午前3時の仏教放談』という素敵なタイトルの連載を開始した僧侶の杉生さん。次回誰そ彼では法話もしてくれます。僕らが陣取った場所からは浄土宗の回向院が見え、人ごみの中を歩くお坊さんの姿も発見。そういえば杉浦日向子さんの『百日紅(さるすべり)』で、北斎が回向院で大画を描いたとあったなという記憶から話題は回向院へ。
回向院はペット葬の課税是非で裁判をしていたとの事。両国の通りを見やると犬を連れた人たちがたくさん歩いています。仏教では"生きとし生けるもの全て"が救われるのだから、ヒトの葬儀に課税をしないならばペットの葬儀も課税対象とはならないという考え。陳舜臣の三国志の時にも書いたのですが仏教が中国に入ってきた頃、当時の中国の儒教思想では"生きとし生ける全てのもの(=sattva)が救済される"という考えが理解できないだろうということから、わざわざ経典の翻訳を"sattva = 人民"に変えたという話がありました。宗教ごとに命の考え方は多様です。
社会のシステムと宗教の考えの折り合いをつけるというのは、今の日本のような国ではどうしても難しい事だというのはわかります。それは置いておいて、じゃあ自分の気持ちはどうなのかというと、仏教の考えと同じです。自分は仏教徒ではないですが、なんとなく感覚的にそういうのがわかるというのは、やはりまだ仏教が生きている日本に生まれ育ったからなのでしょうか。例えば、子供の頃に見たゲゲゲの鬼太郎のマンガでは、最後鬼太郎が去る時にはよく森の虫達が鬼太郎をたたえる歌を歌うし、虫達や爬虫類達の活躍で鬼太郎が助けられる事もおおいです。そういったヤング・トラウマが植えつけられているせいもあるのかなあと。
そんな話をしながらも両国で有名だという「ステーキくに」さんのなかなかおいしい牛串を食らって、お腹も落ち着き回向院に向かいました。ちょうど回向院で法話が始まるとの事で着席。葉山のほうに住んでいるという浄土宗のお坊さんです。最初になんまんだぶを十回唱え、「我々は生きながらに罪を重ねています。日々の食事の中では生きていた命をいただいているわけですから。」というお決まりの文句で幕開け。僕は「ステーキくに」の牛を思う。
誰そ彼では法話の時間を設けていますが、誰そ彼スタッフのお坊さん達にお願いする事が多いので、知り合いでないお坊さんのお話を聞く機会は意外にありませんでした。そう思って興味深く臨んだのですが、先ほどのビールが効いてきて結局船を漕ぐカタチに…。断片的には覚えているのですが、なんとなく自分としては興味の糸口が掴めないまま終わってしまいました。
多分、音楽にも色々あるように法話もさまざま。回向院での法話は、両国のお祭りにきたおじいちゃんおばあちゃんをターゲットとするならば有効なのでしょうが、例えば誰そ彼に来たお客さんにはあまりひびかなそうな気がします。じゃあ誰そ彼ではどういう法話がいいのかなと言うと、午前11時に両国の路上で僕達が交わしたような内容だと思うのです。
まつけい坊主の連載「お寺の未来」で、<一般語>話者と<仏教語>話者の架け橋が必要だと書いています。この話は僕達からすると「同じような事はまつけい前から言ってたじゃん」という感じなのですが、この文章自体が既に翻訳仕事の結果という事だと捉えました。僕ら友人に届ける為の言葉もあれば、例えばビジネス系の新書なんかを読む人に伝える為の言葉もあるのです。そういう意味では、誰そ彼としては<仏教語>を<誰そ彼語>に訳してくれる話者を求めています。
「橋」という言葉は、誰そ彼開始当初からのキーワードでした。彼岸と此岸の架け橋。最初はイメージだけのもので、そういう格好をつけて満足をしていただけという気がするのですが、最近では本当に橋になりたいという思いがあります。お寺と音楽家の架け橋として、自己アピールが苦手な音楽家の発表の機会として、音楽以外の様々な文化をお寺と縁付ける役割など、お寺翻訳家としての仕事ならば今の世の中に溢れていると思うのです。何がどこまでできるかはわからないですが、折角誰そ彼を続けているのだから、少しくらいはそのような使命感を持ってもいいのかなと感じてきました。
回向院の歴史を見ていると、正に江戸時代は破壊と再生の歴史。火事や地震が多過ぎ。「日本の建築とか詩のような、刹那に重点をおく藝術が地震の国で発達する必然性」というラフカディオ・ハーン先生のご指摘を思いださせます。そして、1000人以上の人が乗った橋が落ちて溺死者続出なんて話題も。当時は1000人以上の人が同時に橋の上に居たのか!なんて想像の及ばない驚きと、たった今橋になりたいなんて考えていたのに不吉な、という気持ちでいっぱい。
明治時代は回向院で催眠術師の興行を行っていたりして、なんとなくあやしげな事もやってたんだなあ。さすが明治時代。これも江戸と東京の架け橋です。
(催眠術師はこの人でした。知らなかったけど面白そうな人だなあ…。)
回向院には戯作者 山東京伝のお墓もあります。そのお墓を写して解説を載せただけの渋いポストカードをわけてもらいました。山東京伝も『百日紅(さるすべり)』に少し登場します。両国界隈のこの"ちょっと江戸まで"な感じは本当にいい。
法話中の睡眠で酒気を飛ばした僕らは小腹を満たしに歩き始めました。お目当てのラーメン屋「丸玉ラーメン」が閉まっていたので、墨田川沿いを歩いて浅草へ。学生時代に池袋で愛用していたベトナム料理の「ミュン」浅草店を発見するも、こちらも閉店中…鳥カレーが食いたかった。仕方なしに上野まで歩くとこちらは大賑わい!
結局僕のホルモン欲を満たすべくガード下の「もつ焼き 大統領」へ。ちょうど競馬の時間で店内が殺気立っております。満員だったので、つめてもらっての入場だった故、既にできあがってしまわれているオッチャンにジロリ。狭い肩を更に狭めつつ、生ビールと煮込みをいただく。隣のおっちゃんはそんな僕らの肩身の狭さに同情してか「ここのモツ煮は馬なんだよ。ウマいだろ?」との優しい一声。「はい、今テレビで走ってますけど。」なんてやり取りをしました。
ここにも長々と居座ったけれど、来る客みなさんが個性派俳優のような"イイ顔"をしてらっしゃる。たまに飲み過ぎてメイワクなおっちゃんも居るけど、それをいなす店員さんもお手の物で、決して気分が悪くなることはない。どれも安くておいしいし、本当にいいお店だなー。
そしたら今度はシメを探します。何故ならGWですから。自由なのです。上野近辺が長い友人に電話をかけるも「上野でラーメンは鬼門」との助言を頂き、ラーメンなら学生街だよと思い付き御茶ノ水へ歩く。もう僕ら今日は完全にナギラーですよ。
ジャニス通いで身につけたラーメン屋は閉店で裏切られてしまい、こちらもジャニスとセットの思い出「エチオピア」がまだあいていたので渡りに船と駆け込みました。僕はいつものチキンカレー辛さ5倍ルー大盛りをオーダーして大満足。ビールも頼んだら500円でハートランドの瓶が出てくるし良心的なお店です。カレーのスパイスで体がポカポカ、その時点で東京はまだ夜の9時。さすがに帰宅しましたが、GWってイイナーっと。▼
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May 01, 2009
誰そ彼スピーカーその後、怪 Vol.26、1990
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*「誰そ彼スピーカー、先週末はこんなんなってました。前の所有者が空けた穴(壁吊り用?)を埋めるべく工作。木棒を小さく切ったものを詰めたのですが、ボンドがなかなか乾かなかったので照明を当てて乾かしました。木棒がハミだしているので、スピーカーの片耳から耳毛が4本づつ出ているような見た目になってます。奉行所でちょっとした羞恥プレイになっているのが可哀相なので、近々カットしに行ってやりたいです。
今日はスピーカースタンドが光明寺に届いたようです。ちょっとずつ一人前になっていくスピーカー達に愛着が湧きます。

怪 26号は二度目のリニューアルを迎えてサードシーズンに突入しました。水木先生の表紙がとてもいいです。特集は「文楽」と「民話」で、これがどちらも素晴らしかった。写真ページでは文楽の人形のキモとも言える首(かしら)を紹介していますが、酒呑童子の第二形態がトラウマものの恐ろしさ!瞳孔開いてる感じで白目の色が金色になるのがとても怖い。チャッキーみたいなアゴも人形ならではの不気味さがあるというか…。水木先生が「油すまし」や「タンコロリン」の姿のイメージとして重用されたというのもナットクです。
この特集、妖怪視点で捉えているのもあると思いますが、とても文楽を聞きに行ってみたくなりました。7月にやるという馬琴の『化競丑満鐘』なんて相当数の妖怪ファンが集まるんじゃないですかねえ。狸や河童の首は見てみたい!怪オススメの演目として紹介されている『本朝廿四考』の狐を見ても本当によくできているので、否が応にも期待は高まります。
民話特集では松谷みよ子さんのインタビューを掲載。前に黒姫童話館でみた松谷みよ子展では語られていなかったと思われる情報が…。坪田譲治先生との出会いのエピソードですが、松谷さんの学校の友人がお腹を痛くして転がり込んだのが坪田先生の家で、そのまま図々しく居座ってしまったとの事。その友人に誘われて坪田先生と松谷先生が出会う事にわるワケですが、その友人って?だって野尻湖ですよ!お腹こわして転がり込むって…かなり武辺者っぽいのですがどなたなのでしょう。
インタビューの後の『松谷みよ子の妖怪民話』もイイ話が3話収められています。最初の二話の出だしで共通して"深いとろりとした淵があって"という表現がされていますが、"とろりとした淵"とは絶妙な形容ですなあ。思わず迷い込んでしまいそうな、幻想的な風景がぼおっと立ち現れてきます。日本物怪観光協会の天野行雄さんの挿絵も雰囲気が出ていてとても良いです。『蟹の湯治』の蟹がみんながよく知っているあのカニ。
お元気そうな水木先生の姿がたくさん見られるのも怪誌ならでは。こう言ったらなんか失礼になってしまうかもしれないのですが、とにかくキュートなんです。実の娘さんである水木えつこさんによる『遠野とお父ちゃん』では遠野のお祭りではしゃぐ水木先生が目に浮かぶよう。やはり娘さんはお父ちゃんの事がよく見えてらっしゃる。水木先生による遠野物語漫画化はとても楽しみです。
現在連載中の『水木しげるの異界旅行記』もオモチロイネ。と、片かなで表現したい気持ちでいっぱい。おならを異界の入り口に出来る方は水木先生以外におられません!
巻頭の『水木しげるの激写博物館』も本当にいいコーナーだと思います。水木先生が撮影された写真が一枚載っていて、その横には"水木先生にはこう見える"とでもいうような、その写真の"妖怪解釈"による絵が掲載されています。このオモチロサは文字では伝えきれないので、是非みなさん本屋で怪 Vol.26の巻頭カラーページをめくってみてほしいです。

今日は会社帰りのユニオンにて買い忘れていたCDを購入、ダニエル・ジョンストンの『1990』です。前回のエントリーで紹介したベックの『One Foot In The Grave』に続く、"オンボロをリマスター"シリーズです。(勝手に命名)
僕はこの中の"Some Things Last A Long Time"という曲がとても好きなのです。映画『悪魔とダニエル・ジョンストン』でもキーとして使用されていました。
以前、友部正人さんのトークイベントで友部さんがダニエル・ジョンストンの曲をかけていたので、友部さんならこの"Some Things Last A Long Time"をどう訳すのか質問したかったのですが、その時は場にそぐわぬ感じがして思いとどまりました。
僕なら"因縁"と訳したい。誰そ彼の活動の中で"ご縁"という言葉が浮かび上がってくる機会が増えてきた時に、松本坊主が法話か何かの中で"因縁"という言葉を使いました。CD付属の歌詞対訳では「ずっと消えないものもある」となっていましたが、『悪魔とダニエル・ジョンストン』を観た時に"消したくても消えないもの"、"消したくないから消えないもの"、"意識せずとも消えないもの"、といった風に"因縁"のカタチもさまざまなんだと思ったのです。たくさんの"ご縁"で人々が繋がれているイメージが漠然とあった時に、それとは違うレイヤーで"因縁"という目に見えないネットワークの世界が表出したような気がして思わずハッとなりました。
"因縁"というとあまりポジティブなイメージの言葉ではないのですが、"腐れ縁"のような関係を自嘲気味に"因縁"と言ったりしますし一概には言えないと思います。『悪魔とダニエル・ジョンストン』においては、彼の周りには様々な"因縁"がめぐらされていて、それはふりほどきたくてもふりほどけなかったり、解きたくないのに勝手に解けていったりしていました。人の意思では操作できない"作用"。「Oh My Lord」なんて歌いたくなるキブンの時は"因縁"が脆くもかかり続けるつり橋の様にも思えるのです。
僕は"腐れ縁"を自嘲気味に言う"因縁"はカッコいいから好きですし、脆くもかかり続けるつり橋の様な"因縁"を信じ続ける橋の傍のダニエルにも大きなシンパシーを抱くのです。▼
April 22, 2009
誰そ彼のスピーカー、湯浅湾再び、One Foot In The Grave
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*「誰そ彼6年間の活動でこつこつ貯めたお金でスピーカーを買いました。誰そ彼PAのFly_sound 福岡君の眼力で見出された中古品6発。安くて良い品が買えました。
週末に光明寺へ運び込んで、簡単に組んで音だしをしてみたのですがとても誰そ彼向きの音。
2発だけだとLowが抑え目な気もしたのですが4発、6発と増やしていくと全く変わります。6方を囲むようにスピーカーを配置して満遍なく音が行き渡るので、それぞれが小さめの音でも合わさってちゃんと聴こえるし、音に包まれる感じがとても心地好い。階下への影響は少なそうなので、正にあの場所にぴったりという気がします。
6発もあるので、4方を囲んで2発はモニターとしたり、サラウンドにしてみたり、演奏形態やジャンルに応じて色々使い分けも出来るのも嬉しい。
今までにも、安く引き取ったり、有難く譲り受けた機材などがあるので、誰そ彼サウンドシステムが大分整ってきました。通称"奉行所"と名付けられた誰そ彼倉庫も手狭になってきちゃいました。
そして日曜の夜は吉祥寺ユニオンで湯浅湾のインストアライブを見ました。時間ちょうどに着くと、あのユニオン前に人だかりが出来ていて、その日の吉祥寺の街の中でもちょっとした熱気を発している。なんとなく見た事のある顔もちらほら混じっている。
前回のSuper Deluxでの湯浅湾体験が不完全燃焼だった為に、今回はとても満足しました。インストアだけに曲数は少なめでしたが、あの場所で湯浅湾が演奏しているという風景がまずグッとくる。スピーカー無しの演奏というのも似合っています。
CDも購入し、歌詞カードを見ながら何度か聴くと、湯浅湾に対するもやもやとした不思議な部分がするするっと解けて一旦体に馴染むのですが、すぐまた隠されてしまう。まるで潮の満ち引きのようです。とある時間だけ歩いて渡れる島への道とか、湯浅学さんが僕の『音海』にサインと共に書いてくれた"ゲル状のネコ"みたいな。
湯浅湾の魅力を語ろうとすると、何故か表現が抽象的になってしまいます。それはこちらのページで読める、色んな皆さんからのコメントにも言える事。みんな胸を張ってアブストラクトに語っておられます。
『シェーの果て』という曲は、漫画『おそ松くん』の世界を今の日本に現前せしめる唯一の楽曲という気がします。ここまであの空気感と同じものを放つものは他に無いです。イヤミの靴下の先っぽの曖昧な伸び方をギターであらわしています。
そして僕はやはり、『傷口は傷口でしかない』という曲の歌詞に大変共感します。こんなに強い歌があるだろうかと思う一方、こんなに諦めた歌があるだろうかとも思う。正に"Deserter's Song"。どうやらニール・ヤング先生を通じて繋がっているようです。
今日は、Beckの『One Foot In The Grave』のリマスター再発盤を買いました。Beckのアルバムの中で一番好きなやつで、ボロい中古の輸入盤を高校の時くらいから聴き続けていたので買い直したいと思っていたところ。どうやら廃盤になっていたらしい。

まず、ジャケが最悪というか醜悪になってしまっている点についてはご安心を。外側のスリーブだけなので取り外してしまえば、いつものベックとベックの友達っぽい人のジャケになります。スリーブはすぐに捨ててもいいし、中身を守る用の鎧としてとっておいてもいいかと思います。盤面にはちゃんと「K」のマークが入っています。

リマスターについても、「このアルバムをリマスタリング?」と、ちょっと不安になったりもしたのですが、一度最高のマスタリング・エンジニアに任せたところ「新しいマスターは、まるで唇をふっくらさせる注射と、しわ取り治療をしたような女性みたいだった」(ベック談)との事で、ベック監修の元この作品に適したマスタリングにし直したのだそう。確かに全然悪くない。
本編以上の曲数となる未発表曲達も聴き応えがあり、また面白い発見もあります。
『Heroes』という企画CDでディランがベックを指名したというのがとても納得がいく感じというか。▼
April 15, 2009
レジエンテール千年太、Bizarre Love Triangle

*「森野達弥さんの漫画は、『漫画 巷説百物語』という京極夏彦さんの有名シリーズを原作とした作品だけ読んだ事がありました。正しく水木門下!を地でいく画風が嬉しくって、もっと読みたいと思っていたのですがなかなか出会えずにいたんです。そんな中、本屋で見つけたのがこの『レジエンテール 千年太』。ガラっと画風が変わったのは少年誌故?
オビの情報によると千年太は郵便配達員らしい。"でも何よりUMAが好きだから、配達が遅れちゃうことも。"との本人からの告白も書いてあり、「うわー!なんか変だけどかわいくてイイナー!」と思って即購入しました。
中を開いてみると、少年誌らしく画風を丸めたというよりはオリジナリティが爆発したという印象です。漫画ではなく"カートゥーン"という言葉が見え隠れする、背景・建物・小道具の数々。人物も典型的な藤子系男子女子キャラクターでありつつも、なんとなく見た目に欧米の香りが感じ取れます。その時に流行っている芸能人をデフォルメしてチョイ役で出したりするのはコロコロ・ボンボン系漫画に見られがちな定番手法ですが、森野さんの場合ギャル曽根をまるでトイレの花子さんのような見た目にして登場させているのが面白い。確かに、ちょっと都市伝説っぽい不気味さがあるもんなあ。
これまた少年誌定番のコレクター要素としては"モンスタンプ"というものが登場します。「UMA × 切手」の組み合わせというセンスがイマドキ素晴らしいです!それで、本物のUMAをモンスタンプに封じ込めた"生きているUMA切手シリーズ"を作るという主人公・千年太の目的も無邪気でいてトンデモなくって、イマドキ絶妙な加減なのです。
公園の池に突如「ミゴー」という巨大な海竜型UMAが現れるという第一話も、実は捨てられたペットのワニが不思議アイテムで巨大化したものだったというオチ。その公園の名前がS神井公園だったり、「魚の焦げる臭いが好き」「トウガラシが苦手」といったような、巷で囁かれている習性を活かしてツチノコを撃退したりと、UMAに関する情報や実際に起きた事件などが作中に活かされています。こういう工夫から、なんとなくUMAって本当に(しかも身近に)いそうだなって子供なら思いそうな所もまたよくできています。今読んでも楽しめるけど、小学校の時に出会ってたとしても絶対にハマってたと思います。僕の「ヤングトラウマ (c)スチャダラパー」のひとつになっていた事でしょう。
そして水木門下らしさは至る所にまだまだ顔を出しています。第四話「緑色のやさしい怪物」は"どこにも居場所が無い存在"であるUMA カエル男をフィーチャーしたとってもイイ話なのですが、この中で描かれるモンスタンプの中の世界が、水木しげる先生が『のんのんばあとオレ』等で描いた"十万億土"そっくり!その世界を一瞬垣間見て感動した男の子が「い、今のは?天国?」と思わず千年太に質問する構図に、なんとなく水木少年とのんのんばあの影が重なるような気がします。
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今日はNew Orderを聴いています。先週の土曜、深夜の青山墓地花見に参加した後に成り行きでLe Baronに流れました。ああいう夜の雰囲気に朝まで親しむのは何年ぶりだろう!というか、いつのまに離れたのだろう。
翌日は吉祥寺ハモニカ横丁にて、同じような話を先月岩盤NIGHT@Agehaに参加した友人ともして、なんとなくダンス気運が高まっている春の夜、カンパチ通りを揺れて歩くにはNew Orderがちょうどいいです。ああ、東中野辺りにハシエンダでもあればなあ。明け方にBizarre Love Triangleが流れたら、僕は落涙するのになあ。▼
April 11, 2009
湯浅湾、羅針盤
*「一昨日はとあるご縁で「湯浅湾」のライブを見ました。湯浅湾とは評論家の湯浅学さんのバンド。僕は学生の頃から湯浅学さんの文章のファンで、湯浅さんの著書は愛読していましたが、音楽を聞くのは初めてです。
会場は六本木Super Delux。早速バーカウンターでビールを求めると、なんと昨年誰そ彼にsawada + harada with TSUTSUIとしてご出演くださったVJのTSUTSUIさんがカウンター内に。そういえば働いているとは聞いていましたが、思いがけぬ再会になんだか嬉しくなりました。
この日は湯浅湾が3時間一生懸命演奏するという企画で、前座もなくいきなり湯浅湾が登場します。「弾かないかもしれないけど持ってきた、散歩みたいな感じ」、と言ってギターを何本か並べているのはとても湯浅さんらしくて良いなと思いました。
演奏が始まると、湯浅さんの本で紹介されている様々なロックの名盤が頭を巡るような感覚に襲われます。ご本人達もMCで言っていましたが、ニールヤング!ローリングストーンズ!といったバンドのジャケットが浮かびます。でも必ず楽曲の文末には(文・湯浅学)とあるような感じがします。湯浅さんの音楽レビューを読んでると、まるでその音楽を聴いているような気になってくるのですが、今度は逆に湯浅さんの音楽から湯浅さんの文章が浮かび上がってくるような…。
ギターの音の粒度がなんとも気持ち良い、湯浅さんの朴訥とした歌声もいい、そして歌詞が素晴らしい。
一時間過ぎたくらいから段々とバンドがあたたまってくるのが実感できました。次の予定があったもので中座せねばならない事を惜しむ耳に次の歌詞がはいってきました。「傷口は傷口でしかない」という曲の最後に「悲しみは妬みでしかない」という歌詞。一見、虚無的でネガティブな印象ですが、それが湯浅さんの口からつぶやかれると、何故か希望の光のようなものが感ぜられ、静かに心うたれる想いがしました。
翌日、会場で頂いたチラシ「湯浅湾 アルバム『湾』によせて」を読んでみると、各界の色んな方々がコメントを寄せていてました。大友良英さんが「オレにとっての世界三大歌手は山本精一、PHEW そして他でもない湯浅湾のリーダーの湯浅学なのだ。」と書いているのですが、確かにライブ中僕も何故か山本精一さんの歌が頭をよぎりました。そして、大友さんの続く言葉「3人とも永遠に手のとどかない憧れなのに、なんか簡単に手がとどきそうなところがいい。他の2人はとどきそうな手をばっさり切り落とすような存在でもあるけど、湯浅さんの場合は、簡単に握手してくれそうでさらにいい。でも実際の湯浅さんはそんな甘っちょろい存在ではない。握手したら最後、湯浅湾とともに無限アングラ地獄に落ちてしまうからだ。」この言葉があのライブを見たせいか、帰宅途中の僕の背中にずしーっと乗りかかってきて、無性にまた湯浅湾が聴きたくなってしまいました。僕も握手してしまったという事なのでしょうか。
ライブ会場では湯浅湾のCDを買う暇も無く出てきてしまったので、今日は久々に羅針盤を聴いています。羅針盤も本当にいいよなあ。小さな音でイヤホンから流して街を歩くととてもいい。地下鉄に乗るとスネアの音しか聴こえなくなるけど、乗車シートに埋もれてうとうとするとまるで宇宙に居るかのよう。
僕が羅針盤で一番好きな歌「小さなもの」を(またも)引用して締めくくろう。
つながれてた 糸が切れて
一人だけになると
支えていたものが 取れて
誰の顔もおぼえられず
それは 小さな 小さな 小さな事
何も変わるところがない
~
先送りに されたものが
しだいに 意志を持って
切りはなされた 糸を結び
また つながれていく ▼
April 06, 2009
花見、誰そ彼 Vol.14のお知らせ
*「昨日は、誰そ彼や本願寺ライブで大変お世話になっているサワサキヨシヒロさん主催の花見に参加してきました。場所は現在サワサキさんのホームタウンである国立。
花見の時期に国立へ行ったのは初めてだったのですが、駅におりたってすぐ目の前の大通りがぶわーっと咲きまくっていて、凄い。こんなに見事だとは知りませんでした。仮設トイレなんかもあってかなり恵まれたスポットなのに全然混んでないし、変な大騒ぎする人とかも居なくって良い場所でした。
かわいい年頃のお子さん達が走り回る中、のんびりと酒を飲みつつ色んな方と談笑し、昼から夜まで夜から夜まで、有意義な時間を満喫できました。おでんにうどんにお好み焼きににんにくラーメン…とかなり食い過ぎましたが、どれもおいしゅうございました。また来年も参加したいっす。
さて、先ほど誰そ彼メルマガ『誰彼通信』創刊準備号を配信しました。僕がPCメアドを知っている誰そ彼関係者や友人は勝手に登録させて頂きました。もしもご不要という方はお知らせください。逆に、届いてないよ!欲しい!と思ってくださった方は、こちらからご登録頂くか遠藤まで何かしらの方法でPC用メールアドレスをお伝え下さい。
その中でもお知らせしたのですが、『誰そ彼 Vol.14』やります!!

2009年第一回目の誰そ彼は、なんとスイスのジュネーブよりミニマルなエレクトロミュージックを奏でるAndrea Valviniさんをお迎えします。
対するは、2001年から良質なクラブミュージックをリリースしているレーベルAudio Sutra Soundより、尺八奏者のKenji Ikegamiさんが登場します。
日本の文化が大好きだというAndrea Valviniさんの作るエレクトロミュージックと、日本の伝統的な楽器である尺八を演奏するKenji Ikegamiさん
両者の音楽がお寺という空間でどのように響くのか、どうぞご期待下さい。
『お寺の音楽会 誰そ彼 Vol.14』
日時:2009年5月30日(土)18:30開場 19:00開演
場所:梅上山 光明寺(東京 神谷町)
料金:1000円 with 1ドリンク
出演:
[Live]
・Andrea Valvini (from Switzerland)
http://www.myspace.com/andreavalvini
http://soundcloud.com/valvini
・Audio Sutra Sound + Kenji Ikegami
http://www.myspace.com/audiosutrasound
[法話]
・杉生慶値(浄土真宗本願寺派 僧侶)
[PA]
・福岡功訓 (FLY_SOUND)
[選曲]
・Busse Posse DJ's
[Drink]
・神谷町オープンテラス
[Food]
・料理僧 KAKU (from 暗闇ごはん)
詳細は http://www.taso.jp にて。よろしくお願いします!
あとあと、友人のImharuこと旧姓ビッグムーン姉さんがショッピングサイトを始めたから宣伝してくりと言うのでここにご紹介。凄く立派なサイトでスゲーなあと思いました。ブログで商品の紹介とかもやっていたりして、かなりがんばっているご様子。売れるといいなあ。
■ 東京キッチュ
外国のお友達にプレゼントすると喜ばれそうな商品が揃ってますね。スイスからAndreaさん来たらなんかプレゼントしようかな。みたいな。▼
April 03, 2009
誰彼通信
*「誰そ彼のサイトをリニューアルしました!ドメインを取得してURLが http://www.taso.jp になりました。
で、この春から新しい試みとして、誰そ彼のメルマガを始めようと思います。何故今更メルマガ?みたいなハナシは前に別のメルマガを始める時に書いたので割愛しますが、そっちのメルマガもなんだかんだでもうすぐ2年経つくらい続けられているので、もうひとつ月イチくらいで出したとしてもこなせるのではないかと、おもったわけです。
そっちのメルマガが"嫌じゃないメルマガ"を身上とするあっさり味で、生活にそっと忍びこんでくる感じなのに対し、誰そ彼のメルマガはもう少しこってり方向の"嫌でもやってくるメルマガ"にしようかなと思ってます。一度登録したが最後!恐怖新聞ばりにあなたの人生にずかずかと割り込んでくる事でしょう。(注:モチロン解除は可能です…)
冗談はさておき、内容については誰そ彼開催のお知らせと、スタッフ達による連載やレビュー等になります。月イチくらいで楽しめるメルマガを配信していく所存でございます。単に誰そ彼開催のお知らせを受け取りたいという方にも機能性十分だと思います。
というわけで皆さん!誰そ彼新サイトにてメルマガ『誰彼通信(だれかれつうしん)』に登録してくださ~い。しんぶ~ん(恐)▼
::リンク::
お寺の音楽会 誰そ彼 (新サイト)
March 30, 2009
Be Kind Rewind さよならココナッツディスク池袋店2階

*「僕が前にバイトしていたココナッツディスク池袋店の2階が閉店してしまいました。昨晩はそのお別れパーティーという事で池袋店2階で飲みました。
1階がCD売り場で、2階はレコード売り場でした。棚から壁から段ボールまで、たくさんのレコードがぎっしり詰まっていたその場所は、わずかの荷物を残してすっきりとなっていました。在りし日はお客さん同士がすれ違うのも苦しかったような場所に、たくさんのスタッフ達(池袋店の歴史は25年!)が集まり、おとなりのマレーシア料理屋 "マレーチャン" の料理をつつきました。
閉店の理由は聞いていませんが、このご時勢ですから推して知るべしといったところでしょう。なんだか今ああいう場所がなくなってしまうというのは象徴的な事に感じます。とてもビターです。
古めの空調の体に悪そうな風にあたりながら、暑い日も寒い日もレコードを拭いたものです。レコードやジャケットについたカビの匂い、それを拭きとるためのエタノールの匂いを思い出します。普段は買わないようなレコードを色々店内で流してみて、結局気に入った民族音楽や落語のレコードを買って帰ったり。買ったら家では聴かなかったり。
元スタッフの方々のその後も様々で、新品の12インチ屋さんを始めた方、全然違う仕事についてる方、お子さんを連れてきている方、時間は流れています。
数人の懐かしい人に一気に再会するのってなんだか夢っぽくて、日曜の夜、池袋西口の人通りも少ない暗闇に浮かぶ2階の窓明りを思い出すと、それがまるでまぼろしのようで「2階ってあったんだっけ?」みたいな不思議な気持ちになりました。
池袋北口にあった良心的な現像屋さんが閉店したという話も耳にしました。お店が閉まるのなんて当たり前の事ですが、このタイミングで似たようなお店の閉店が続くと「うわぁ」って苦い顔になってしまいます。
…おっと、ココナッツディスク池袋店は別に閉店するワケではありませんね。まだ1階があります。今度は1階が内装リニューアルでオープンします。レコードも1階で売ります。やはり、「でもやるんだよ」という事ですね。僕は陰乍ら応援します。本当にいいお店ですので、皆さんも是非買いに行ってください。▼

March 29, 2009
野武士のグルメ、百物語

*「以前誰そ彼にご出演頂いた久住昌之さんの『野武士のグルメ』を書店で見かけて思わず購入しました。装画は泉晴紀さんですが、"野武士"が飯を食っている場所は、僕らが2007年の暑い夜に初めて訪れた赤ちょうちん、そこで常連の久住さんに出会ったという思い出深い吉祥寺の居酒屋です。
色々思い出しながら遅めの夕飯のカレーをかきこみ、ビールをやりつつページをめくると、とてもおもしろくて一気に最後まで読んでしまいました。その間の消費瓶ビール(小)2本。
久住昌之 & BLUE HIPのアルバム『自由の筈』の帯には"全世代のツボを突いてる、笑ってホロリの「中央線ネイティブ・フォーク」ミュージック!!"と、書いてあります。この文句の"ミュージック!!"より前の部分はそのまま久住さんの他のお仕事にもあてはまるような気がします。年末、久々に飲む友人の誕生日が近かったので『孤独のグルメ』文庫版を買ってプレゼントしたのですが、なんかそういうちょっとした贈り物にも最適で、この面白さを誰かと共有したいと思った時に、それが誰とでも共有出来ちゃう懐の深さが凄いと思います。
今、東京は夜の1時過ぎ、カレーも食ってビールも飲んでおなかいっぱいのくせにこの本を読んだおかげで、こんな時間に冷やし中華が食いたい。麦とろ飯が食いたい。タンメンが、スキヤキが、昼下がりの井の頭公園で焼きそビールしたい…そんな気分で大変になっちゃってます。
久住さんのホームタウンである吉祥寺周辺の風景が度々登場してくるので、一時期近くに住んでいた身としては「これはあの店かな?」とか「そういえばサンロードにチェーンの牛たん麦とろ定食屋あるなあ」とか色々浮かんでくるのも楽しい。また吉祥寺周辺に住みたいなあ。
僕が住んでいた"吉祥寺近く"というのは、この本の中で「吉祥寺から新座栄行きのバスで北上すること十数分」と書かれている西武新宿線 武蔵関です。「武蔵関は杉浦日向子さんが住んでいた街だ。」というのも久住さんに教えて頂きました。正に「死んだ杉浦日向子と飲む」の項で久住さんが飲んでいる、杉浦日向子さんの遺した焼酎ボトルを指差しながら。
杉浦日向子さんの事を回想しながら久住さんが歩く武蔵関の駅前もよく知っています。銭湯は家の近くにお気に入りがあったので、駅前のほうには入った事がないけれど、なんでこんな場所に?といつも不思議に思っていました。武蔵関の部屋では僕もライ・クーダーをよく聴きました。杉浦日向子さんと久住さんの共通の音楽の趣味だったとの事。武蔵関の帰り道に買ったという新譜はどれだろう?猫のジャケのやつかな?
僕としては2~3年くらい前の思い出なのに、久住さんの思い出と何故か勝手にフラッシュバックして、僕の武蔵関の思い出もまるで遠いように思えてきました…。もうちょっとビールが飲みたいな、なんて思いながらも明日は花見を予定しているので余力を残して床につく事にします。ライ・クーダーの猫のジャケのやつを聴きながら。
オマケ
2008年10月25日にやった誰そ彼で配布したフリーペーパーに載せた、杉浦日向子さんの『百物語』についての文章を以下に再掲載します。ちょうどユリイカで特集号が出た時にそれを読んで書いたものです。
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シリーズ百鬼巡礼 十一夜
[ 怪異の解体と構築 ]
◆ アナタとワタシ、オバケとヒトの関係性
妖怪のどこが好きかと聞かれたら「深刻でないところ」と答えたい。驚かされたり、不思議な気持ちにさせられることはあっても、命までとられることはまずありません。人に害を及ぼすモノが存在したとしても、必ず何かしらの対処法が用意されています。
例えば"ひだる神"。コレに遭遇した場合、空腹感を覚え身体が動かなくなりひどい時にはそのまま死に至る、とものの本にはありますが、僅かでも食べ物を口に入れたり、手に米と書いてそれを嘗めれば回復するという攻略法も出ています。
子供の頃は、TVアニメの『ゲゲゲの鬼太郎』のエンディングで映る"枕返し"の姿に戦々恐々としていましたが、今思えば"枕返し"がする事といえば何てことはない、枕をあらぬところに飛ばすだけ、それだけの事です。それだけの事でも自分が寝ぼけて蹴っ飛ばしたのだと納得するより、"枕返し"のような存在がなんかしたと思うほうが(今思えば)楽しいものです。
こういったエピソードから昔の人々の暮らしや文化が垣間見える点も良いです。前述の"ひだる神"は遭難への警告となっていたり、"枕返し"は物を粗末に扱わない事といったような教訓がかぶせられていますが、それらをひとつひとつ剥くように辿っていくと、その間は先人の素朴な生活にはいりこんで旅をしているような気分になれるのです。かの京極夏彦先生も「妖怪研究はらっきょうの皮を剥くようなもので、その過程がたのしく、全部剥いてしまえば何も残らんのです」とおっしゃっていました。
そんな、怪異との「深刻でない」お付き合いのお手本が描かれた著作に杉浦日向子先生の『百物語』があります。一話語るごとに一つ灯心を消していく、所謂"百物語"の作法にのっとって紡がれていく九十九話の怪談。「まるで江戸に見に行ってきたよう」と形容される、精緻な時代考証や多岐に渡る引用でもって江戸に生きる人々が関係する怪異を鮮やかに描いています。
『ユリイカ 10月臨時増刊号 総特集 杉浦日向子』に再掲載されている中沢新一氏との対談『怪談都市、江戸。』の中で、杉浦先生は「日本の多くの幽霊は(西洋の幽霊のように目的意識が無く)'なんでわし、こんなとこ、おるんのやろ?' みたいに(迷うている)」それで「出てこられたほうも'しょうがねえなあ'という感じで面白い。」と語られていますが、『百物語』には「そんな感じ」が至る場所に表出しています。この「感じ」は怪談にドラマ性や教訓が持ち込まれる以前の、謂わば"怪談の原風景"とも言えるものでしょう。これらのシーンを杉浦先生は「場面のパズル」のワンピースと喩えられています。勿論それらのピースを組み上げるのが作家である杉浦先生の仕事でした。
また同対談では、昼と夜、この世とあの世をくっきりと分けたがる西洋の傾向に対し、日本には"誰そ彼どき"や"橋"といった"中間"が存在するという事の重要性を指摘されています。この、薄明で曖昧なエリアの存在が怪異を日常に受け入れる土壌となったのだというわけです。江戸も自然と文明の境界線という意味ではこのエリアに属するようで、そんな未成熟な"都市"に住み、不安定な"時代"に生きる人々の暮らしをなぞっていくには怪異というツールはある意味とても有用だったのだと思います。怪談の原風景を掬い取って再構築する事で"活きた江戸"を甦らせた杉浦先生は、実は"らっきょうの皮剥き"のほうの大先輩でもあったというわけです。 (文・遠藤卓也)▼
::過去の関連エントリー::
2008年7月 - 久住昌之&BLUEHIP→いとうせいこう&ポメラニアンズ≡→サーファーズオブロマンチカ(ジンキチつながり)
2007年12月 - 関のボロ市(武蔵関つながり)
2007年8月 - ルドンの黒、ジュークボックスに住む詩人(2007年の暑い夜つながり)
2006年7月 - 付喪神(つくもがみ)(武蔵関つながり2)
March 27, 2009
スチャダラパー、田島貴男

*「スチャダラパーのNewアルバム『11』、Amazonさんから届いたので早速聴いております。前作『con10po』から顕著になったビター感が更に増量中。ビターの中にもスイートなノスタルジアを潜ませていた『con10po』でしたが、本人達も強調しているようにアラフォー We gotta goな彼らは微糖 無糖の方向性のもよう。珍しく女性ゲストボーカルを迎えているも、bird、ハルカリ共に甘さ控えめなのです。木村カエラの存在も、このアルバムの中で聴くと妙に浮いてしまっていて、輸入菓子の色付き合成甘味料といった按配。
だけになんともしっくりきます。トラックがまるで『The 9th Sense』の「EXTRA エクストラ」を未来へ暴走させたような、テツ向けスチームパンク「Station to Station」はロボ宙さんとの連結が安心安全のSmoothなノリ心地です。アニの"A"列車が"B"のSURE SHOTまで駆け抜ける疾走感。それで一気に銀河から、じゃなくって銀座から築地までの数分間な失速感、はたまた駅弁横目にディスカバリーな失踪感もあったりと、めまぐるしいライドに酔っ払うのが気持ちいい。
苦味が象徴的なのは2曲目「Antenna of the Empire」か。"替えろ 替えな 買いだ 買いだ バカでかいメーカー まさにエンパイア"というフックは本当に今の気分を言い得ています。"とにかく またお金が必要 エコと便利という名の横暴"なんてフレーズも。
最近田島貴男さんの日記で大共感した名文があって、僕は自分の最近のもやもやした気持ちをこんなに分かり易い言葉で素直に表現されている事に感激してしまい紙に出力して持ち歩いているんです。全文ここに引用したいくらいなんですが簡単に要素を抽出すると、何かにハマっている人はとりあえず元気で、感性が生きていて、外の対象に心が開かれている。反対に、なにもかもいろいろ飽きてしまってなにをやるにもめんどくさいという状態は、すこし死に近い、危険な状態なのかもしれない。という前置きをしつつ、資本主義が進んだ状態というのは商品やサービスや情報が行き渡り過ぎたせいで、あらゆる物の価値が下がり消費者も食傷気味で何もかも飽きちゃった状態であると。そんな感覚がみんなに蔓延してきているのが今の時代なんじゃないかと。
ほんとそう思います。自分も実際問題面白がれるような何かが無いんです。オモロなラップを身上とするスチャラカでスーダラなお兄さん達もきっとそうで、世にオモロが無いからこそ今はシリアスでシニカルなモードなのかなあと。垣間見える希望がレトロフューチャーなラスト曲「Good Old Future」というのがなんとも切ない…。
改札がまだハサミだった頃
電話が携帯できなかった頃
まだゲームがカセットだった頃
まだ女子の眉毛が太かった頃
まだタバコが何処でも吸えた頃
まだ大体国営だった頃
そんなGood Oldな空気がもう一回未来でつながるように、いつか痛快な未来がくるように、僕らは「でもやるんだよ」精神を忘れないようにしよう。と、思ったのです。▼
::リンク::
Tajima's Voice (3/11の日記)
March 24, 2009
バーナード・リーチ、陳舜臣
*「昨年、日本民藝館で購入した一枚の絵葉書。バーナード・リーチの『鉄砂抜絵巡礼文皿』という作品です。"幽霊"と"Ghost"のあいのこのような、この幽かでいとおしい曖昧な姿にすっかり心奪われ、リーチのファンになってしまいました。民藝館の売店では湯呑みやご飯茶碗やら買うものがいっぱいあったせいで、後回しになっていたリーチの著書『バーナード・リーチ日本絵日記』を漸く買って読んでいます。リーチが日本に滞在していた約一年八ヶ月の間に書いた、日記やイラストをまとめた本です。頭っからやっぱりひっかかるところが多くて嬉しいので、忘れないようにメモしときます。
日本を訪れて半月ばかりのリーチに"亀ちゃんの従妹"という人物が訪ねてきます。亀ちゃんとは本名森亀之助と言い、13歳の時にリーチに弟子入りするも、早発性痴呆症を発症して精神病院に引き取られてしまったという人物。リーチは「あの頃の私にもっと洞察力と将来の見通しがあれば、まだ年端のいかない子供が外国人のもとで藝術の修行をするということは、彼の将来をただ困難にするだけという事が事がわかったのに」、と後悔しています。"亀ちゃんの従妹"から亀ちゃんの死を知らされたリーチは「気の毒な亀ちゃん!君の人生の目的はなんだったのだろう」と嘆きます。回想の中で、亀ちゃんはウィリアム・ブレイクやセザンヌやヴァン・ゴッホを愛したと語られるのですが、僕は民藝館で見たリーチのひとつの作品を思い出しました。それは『鉄砂抜絵組み合わせ陶板 森の中の虎』というもので、ウィリアム・ブレイクの有名な一節 "TYGER TYGER BURNING BRIGHT IN THE FOREST OF THE NIGHT" が彫られた幻想的な作品なのです。
他にも、民藝館が米軍の焼夷弾で燃えそうになった時、柳兼子(柳宗悦夫人)がバケツとほうきで火に奮闘して救った、などのいい話がいろいろと…。また、"日本を愛する外国人"としての先輩であるラフカディオ・ハーンの引用や想起が多い点も興味深いです。ハーンにも『日本の面影』と題された、同じような日本滞在記が出版されていて僕はこれも愛読していますが、客観的な視点から捉えた当時の日本を読めるというのは本当に面白い。ハーンだけに、焦点はやはり習慣や信仰に集まっていますし。
僕は、今よりもっとお化けや妖怪とか見えない存在がのさばっていた時代の人々の生活や信仰を知りたい。どんな事に価値があって、何を信じて彼らが生きていたのか、等など…。
最近何故だか突然三国志にはまって二種の三国志を同時に読み進めているのですが、英雄や豪傑の活躍に描写が集中している本よりも、その頃の民衆に近い視点が描かれている本の方が面白いです。当時まだまだ文化や思想は上層の人々のものでしかなく、信仰は道教を利用して組織化を図る宗教団体が現れ始める頃。西域からは仏教が伝来し始めるも、"生きとし生ける全てのもの(=sattva)が救済される"ということが、儒学の人間主義が浸透している中国人には理解できないだろうという考えから、sattvaを"人民"と訳してみるとか苦戦中だったりで。(sattvaは原文では亡霊や精霊も含まれるとの事)
戦争とか飢饉とかトラブル頻発で明日の食うものにも困るような殺伐とした時代に生きる"人民"達は、亡霊を恐れる事はあっても精霊を感じる事はあるのだろうか?とか、信仰に縋る事はあっても文化に親しむ余裕はないんじゃないか?とか、そんな事がとても気になります。
二種読んでいる三国志で後者にあたる面白いと思った本は、陳舜臣の『秘本 三国志』です。ユリイカ3月号の諸星大二郎先生インタビューにて先生が執筆にあたって参考にしている本として「陳舜臣の『中国の歴史』なんかが重宝するんです(笑)」なんて(笑)付きが意味深な感じで挙げていて…、でもちょうど『秘本 三国志』を読んでいるので副読本として『中国の歴史』も求めてみました。併読するとやはり更に理解が深まって良いです。先生は参考にしているポイントとして『山海経』や『捜神記』などの怪しい方面からの引用が多い事を挙げていますが、『山海経』も気になるんだよなあ、最近。モロ☆先生と三国志の影響で、中国の神話や歴史にこれから潜ってみたい心境なのです。▼
::過去の関連エントリー::
2007年8月 - ルドンの黒、ジュークボックスに住む詩人(Ghost画つながり)
2007年7月 - Japanese suburban symphony(民のくらしつながり)
2004年8月 - ENCHO'S GHOST(幽霊画つながり)









